導師導古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

おもひで草 / 湯武弑奪・湯武を聖人とする説への反論

西土にて聖人ともて敬ひもて崇むなる、湯武といへる男の腹黑なるとは、旣く其國人も頻りに論ひて得許さざりしとなるを、我皇國の神民たらん者の、聊漢籍の片端を讀記えて、自有識よ博士よなど言ひ高振りて、ひどらき居る男の假りにもかの腹黑を惡樣に他の言貶すをきけば、いたう打腹立ちて眼を見張り齒を食ひしばりて、なほその腹黑を聖人にせんとするは、抑いかなる心得誤ぞも、大凡天地の間に人とあらんもの高き卑き老たる若き限りなく多かれど、親を弑したるを見て此は孝行の子也といはんに諾ふもの有りなんや、主を弑したる者をさして此は忠義の臣なりといはんに、誰しの人か諾ふべき、彼湯武よ眼前君を弑して、おのれ其位に登りたるものを、さても尙聖人ともて敬ひもて崇めんとにや、仁義を賊ふ者は君にあらず、獨夫也など口賢く言ひ挂し奴も有れど、誰かは快く諾ふべき、さはいへど漢國は漢國の自然なる風習の有べかめれば、其國俗の聖人ともて敬ひもて崇めんはさてもなほ有りぬべきを、その漢人すら聖人にあらずといひて言貶すなる湯武をしも、皇國の神民たらんものゝむげに打腹立てなほあかじといひあらかふなるは、そもかの聖人てふものはあやしう人にすかるものなめり、

新字:西土にて聖人ともて敬ひもて崇むなる、湯武といへる男の腹黒なるとは、既く其国人も頻りに論ひて得許さざりしとなるを、我皇国の神民たらん者の、聊漢籍の片端を読記えて、自有識よ博士よなど言ひ高振りて、ひどらき居る男の仮りにもかの腹黒を悪様に他の言貶すをきけば、いたう打腹立ちて眼を見張り歯を食ひしばりて、なほその腹黒を聖人にせんとするは、抑いかなる心得誤ぞも、大凡天地の間に人とあらんもの高き卑き老たる若き限りなく多かれど、親を弑したるを見て此は孝行の子也といはんに諾ふもの有りなんや、主を弑したる者をさして此は忠義の臣なりといはんに、誰しの人か諾ふべき、彼湯武よ眼前君を弑して、おのれ其位に登りたるものを、さても尚聖人ともて敬ひもて崇めんとにや、仁義を賊ふ者は君にあらず、独夫也など口賢く言ひ挂し奴も有れど、誰かは快く諾ふべき、さはいへど漢国は漢国の自然なる風習の有べかめれば、其国俗の聖人ともて敬ひもて崇めんはさてもなほ有りぬべきを、その漢人すら聖人にあらずといひて言貶すなる湯武をしも、皇国の神民たらんものゝむげに打腹立てなほあかじといひあらかふなるは、そもかの聖人てふものはあやしう人にすかるものなめり、

書き下し

西土にて聖人ともて敬ひもて崇むなる、湯武といへる男の腹黑なるとは、旣く其國人も頻りに論ひて得許さざりしとなるを、我皇國の神民たらん者の、聊漢籍の片端を讀記えて、自有識よ博士よなど言ひ高振りて、ひどらき居る男の假りにもかの腹黑を惡樣に他の言貶すをきけば、いたう打腹立ちて眼を見張り齒を食ひしばりて、なほその腹黑を聖人にせんとするは、抑いかなる心得誤ぞも、大凡天地の間に人とあらんもの高き卑き老たる若き限りなく多かれど、親を弑したるを見て此は孝行の子也といはんに諾ふもの有りなんや、主を弑したる者をさして此は忠義の臣なりといはんに、誰しの人か諾ふべき、彼湯武よ眼前君を弑して、おのれ其位に登りたるものを、さても尙聖人ともて敬ひもて崇めんとにや、仁義を賊ふ者は君にあらず、獨夫也など口賢く言ひ挂し奴も有れど、誰かは快く諾ふべき、さはいへど漢國は漢國の自然なる風習の有べかめれば、其國俗の聖人ともて敬ひもて崇めんはさてもなほ有りぬべきを、その漢人すら聖人にあらずといひて言貶すなる湯武をしも、皇國の神民たらんものゝむげに打腹立てなほあかじといひあらかふなるは、そもかの聖人てふものはあやしう人にすかるものなめり、

現代語訳

西の国で聖人として敬い崇めているという湯王・武王(殷の湯王と周の武王)の腹黒さについては、もとよりその国の人もしきりに論じて許さなかったということですのに、わが皇国の神民たる者が、わずかに漢籍の片端を読み覚えて、自分は有識者だ、博士だなどと言い高ぶっている男が、仮にもあの腹黒さを悪く他人が言いけなすのを聞くと、ひどく腹を立てて目を見張り歯を食いしばって、それでもなおその腹黒を聖人にしようとするのは、そもそもどういう心得違いでしょうか。およそ天地の間に人として生きるものは、身分の高い低い、老いた若いの別なく多くいますが、親を殺したのを見て、これは孝行な子だと言ったら、承知する者がいるでしょうか。主君を殺した者をさして、これは忠義の臣だと言ったら、だれが承知するでしょうか。あの湯武は、目の前で君を殺して、自分がその位に登った者ですのに、それでもなお聖人として敬い崇めようというのでしょうか。「仁義を損なう者は君ではない、一人の男にすぎない」などと口達者に言い掛けた者もいますが、だれが心から承知するでしょうか。とはいえ、漢の国には漢の国の自然な風習があるでしょうから、その国の習俗として聖人として敬い崇めるのはまだありえるとしても、その漢人さえも聖人ではないと言いけなす湯武のことを、皇国の神民たる者がむやみに腹を立て、それでも飽き足らないと言い争うのは、そもそも聖人というものは、不思議と人に媚びさせるもののようです。

解説

殷の湯王と周の武王による君主の放伐を、聖人の行いとして擁護する学者への批判です。著者は、親や主君を殺すことを孝や忠と呼べないという素朴な常識を軸に据えています。江戸期の儒学批判という歴史的な文脈で読むものです。現代の管理職にとっての示唆は、権威ある人物や理論だからといって無条件に正当化せず、自分の常識に照らして是非を点検する姿勢です。権威への盲従が判断を曇らせる点を教えています。

この章句が説くこと

おもひで草伴林光平湯武放伐聖人儒学批判忠孝

関連する章句

『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る
本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る