翁問答 / 改訂翁問答丙戌冬
しかる故に伏犧神農は儒服をめさゞれども、儒德あきらかにましませば、天下一の儒者にてまします、魯國の人は儒服をきたるといふとも、多分儒徳あるまじければ儒者にはあらず、もし我ことうたがいたまはば、儒德なくして儒服をきたる者をば死罪に行ふべしと、禁制をたて試みたまふべし、魯公莊子の言を用ひて、右のことく法を下してけり、かくして五日過ぬれば、國中に儒服の者みえず、たゞ一人儒服をあらためざるものあり、召して國事を問たまひぬれば、千轉萬變して究りなかりけり。
新字:しかる故に伏犠神農は儒服をめさゞれども、儒徳あきらかにましませば、天下一の儒者にてまします、魯国の人は儒服をきたるといふとも、多分儒徳あるまじければ儒者にはあらず、もし我ことうたがいたまはば、儒徳なくして儒服をきたる者をば死罪に行ふべしと、禁制をたて試みたまふべし、魯公荘子の言を用ひて、右のことく法を下してけり、かくして五日過ぬれば、国中に儒服の者みえず、たゞ一人儒服をあらためざるものあり、召して国事を問たまひぬれば、千転万変して究りなかりけり。
書き下し
しかる故に伏犠神農は儒服をめさゞれども、儒徳あきらかにましませば、天下一の儒者にてまします、魯国の人は儒服をきたるといふとも、多分儒徳あるまじければ儒者にはあらず、もし我ことうたがいたまはば、儒徳なくして儒服をきたる者をば死罪に行ふべしと、禁制をたて試みたまふべし、魯公荘子の言を用ひて、右のことく法を下してけり、かくして五日過ぬれば、国中に儒服の者みえず、たゞ一人儒服をあらためざるものあり、召して国事を問たまひぬれば、千転万変して究りなかりけり。
現代語訳
(荘子は続けて言った。)「それゆえ伏羲や神農は儒服をお召しにならなかったが、儒の徳が明らかであられたので、天下第一の儒者でいらっしゃる。魯国の人は儒服を着ているといっても、多くは儒の徳がないであろうから、儒者ではない。もし私の言うことをお疑いになるなら、儒の徳がなくて儒服を着る者は死罪に処すと禁制を立てて、試してごらんなさい」。魯公は荘子の言葉を用いて、そのとおりの法を下した。こうして五日たつと、国中に儒服の者は見えなくなった。ただ一人、儒服を改めない者がいた。召して国の大事を問うてみると、千変万化に応じて窮まるところがなかった。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。
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