翁問答 / 下卷之末之末
そのかみをそりたる所ばかりにて吟味しては、是非の眞實しれぬものなり、そのかみをそる所の心根は遁世のためか何のためぞと考みて評判あるべし只そのうはつらの事ばかりにて吟味するは、まよへる凡夫の取さたなり、これのみにあらず、何事の評判にても其心根にて吟味せざれば、是非のあやまりあるものなり、これに付て分明に辨へ易きたとへあり、むかし大唐に盜跖と云ぬす人有同類數千人を引率し、みづから將軍と號し、あまたの里をやぶり强盜し人を殺事その數をしらず、その武勇のてがら比類なけれども、名大將とはいはずして、大盜と云て、いやしみにくみたり、我朝のくまさかも盜跖ほどこそなけれ、隨分剛强達者なるものなれ共、武篇者とはいはずしてぬす人と云おとしめたり、そのけなげのふるまひは名大將武篇者のふるまひにもおとるまじけれ共、その心根ぬすみを本とする故にその心をもて盜賊と云なり、萬事皆かくのごとし、よくよく體認あるべし。
新字:そのかみをそりたる所ばかりにて吟味しては、是非の真実しれぬものなり、そのかみをそる所の心根は遁世のためか何のためぞと考みて評判あるべし只そのうはつらの事ばかりにて吟味するは、まよへる凡夫の取さたなり、これのみにあらず、何事の評判にても其心根にて吟味せざれば、是非のあやまりあるものなり、これに付て分明に弁へ易きたとへあり、むかし大唐に盗跖と云ぬす人有同類数千人を引率し、みづから将軍と号し、あまたの里をやぶり強盗し人を殺事その数をしらず、その武勇のてがら比類なけれども、名大将とはいはずして、大盗と云て、いやしみにくみたり、我朝のくまさかも盗跖ほどこそなけれ、随分剛強達者なるものなれ共、武篇者とはいはずしてぬす人と云おとしめたり、そのけなげのふるまひは名大将武篇者のふるまひにもおとるまじけれ共、その心根ぬすみを本とする故にその心をもて盗賊と云なり、万事皆かくのごとし、よくよく体認あるべし。
書き下し
そのかみをそりたる所ばかりにて吟味しては、是非の真実しれぬものなり、そのかみをそる所の心根は遁世のためか何のためぞと考みて評判あるべし只そのうはつらの事ばかりにて吟味するは、まよへる凡夫の取さたなり、これのみにあらず、何事の評判にても其心根にて吟味せざれば、是非のあやまりあるものなり、これに付て分明に弁へ易きたとへあり、むかし大唐に盗跖と云ぬす人有同類数千人を引率し、みづから将軍と号し、あまたの里をやぶり強盗し人を殺事その数をしらず、その武勇のてがら比類なけれども、名大将とはいはずして、大盗と云て、いやしみにくみたり、我朝のくまさかも盗跖ほどこそなけれ、随分剛強達者なるものなれ共、武篇者とはいはずしてぬす人と云おとしめたり、そのけなげのふるまひは名大将武篇者のふるまひにもおとるまじけれ共、その心根ぬすみを本とする故にその心をもて盗賊と云なり、万事皆かくのごとし、よくよく体認あるべし。
現代語訳
その髪を剃ったところばかりで吟味しては、是非の真実は分からないものである。その髪を剃る心根は遁世のためか、何のためかと考えてみて評価すべきである。ただその表面のことばかりで吟味するのは、迷える凡夫の取り沙汰である。これだけではない。何事の評価でも、その心根で吟味しなければ、是非の誤りがあるものである。これについて分かりやすいたとえがある。昔、中国に盗跖という盗人がいた。仲間数千人を率い、自ら将軍と号し、多くの里を破って強盗し、人を殺したことは数知れない。その武勇の手柄は比類がないけれども、名大将とは言わずに大盗と言って卑しみ憎んだ。わが国の熊坂も盗跖ほどではないが、なかなか剛強達者な者であったのに、武辺者とは言わずに盗人と言って貶めた。その健気な振る舞いは名大将や武辺者の振る舞いにも劣らないだろうが、その心根が盗みを本とするから、その心によって盗賊と言うのである。万事みなこのとおりである。よくよく体認すべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』耕柱巫馬子、子墨子に謂いて曰く、「子は天下を兼愛するも、未だ利ありと云わず。我れは天下を愛せざるも、未だ賊すと云わず。功、皆な未だ至らざるに、子、何ぞ獨り自ら是として我を非とするや」と。子墨子曰く、「今、此に燎ゆる者有り。一人は水を奉じて将に之に灌がんとし、一人は火を摻りて将に之を益さんとす。功、皆な未だ至らざるも、子、何れをか二人に貴ばん」と。巫馬子曰く、「我れは彼の水を奉ずる者の意を是とし、夫の火を摻る者の意を非とす」と。子曰く、「吾れも亦た吾が意を是とし、子の意を非とするなり」と。
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『墨子』非命上是の故に古の聖王、憲を發し令を出だし、設けて以て賞罰と為して以て賢を勸む。是を以て入りては則ち親戚に孝慈、出でては則ち鄉里に弟長、坐處に度有り、出入に節有り、男女に辯有り。是の故に官府を治めしむれば則ち盜竊せず、城を守れば則ち崩叛せず、君に難有れば則ち死し、出亡すれば則ち送る。此れ上の賞する所にして、百姓の譽むる所なり。有命を執る者の言に曰く、「上の賞する所は、命、固より且に賞せんとす、賢なるが故に賞するに非ざるなり。上の罰する所は、命、固より且に罰せんとす、暴なるが故に罰するに非ざるなり」と。
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言志四録・言志晩録 第四十九条 著書は自ら怡悦するを要す著書は、只だ自ら怡悦するを要す。初めより人に示すの念有るを要せず。
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言志四録・言志録 第百十四条 孝子を賞するの道近代孝子を賞するに、金帛粟米を賜ひて以て之を旌す。頽俗を風励するの意に於ては則ち得たり。但だ其の之を賞するは、当に諸を孝子の心に原ぬべくして可なり。孝子の心は、親を愛するの外に他念無し。其の身の艱苦すら、且つ甘んじて之を受く。況んや敢へて名を求めんや。故に金帛粟米の賜は、宜しく其の親に厚くして其の子に薄くすべし。蓋し其の子に薄くするに非ず。其の親に厚くする所以の者は、即ち其の子に厚くする所以なり。親を賞するの辞に曰く、「庭訓素有り」と。子を賞するの辞に曰く、「能く庭訓に従ふ」と。此くの如くんば則ち孝子の素願足れり。
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司馬法・嚴位凡そ人は、愛に死し、怒りに死し、威に死し、義に死し、利に死す。
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『墨子』兼愛下且つ惟だ泰誓のみ然りと為すにあらず、禹誓と雖も即ち亦た猶お是のごときなり。禹曰く、「濟濟たる有衆、咸な朕が言を聴け。惟だ小子のみ敢えて亂を稱するを行うに非ず。蠢たる茲の有苗、天の罰を用う。若し予れ既に爾の羣を率い、羣諸に對して以て有苗を征せん」と。禹の有苗を征するや、富貴を重ね、福禄を干め、耳目を樂しましむるを求むるに非ざるなり。以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるなり。即ち此れ禹の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、禹に於て求めたり。
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