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翁問答 / 下卷之末之末

體充問曰、先生の敎を承屆候へば、儒道は道理の至極したることばかりなり、誠に我人取おこなはでかなはぬ事にて候へども、日本は風俗あしく候間、おこなひがたく候はんと存候いかゞ。師の曰、それは道の道たる本意をわきまへず、儒敎の禮法をもて、專眞實の道なるを得心するあやまりなり、本來儒道は大虛の神道なる故に、世界の内舟車のいたる所、人力の通ずる所、天の覆ところ地の載ところ、日月のてらす所、霜露のおつる所血氣ある者の住むほどの所にて、儒道のおこなはれぬと云ことなし、

新字:体充問曰、先生の教を承届候へば、儒道は道理の至極したることばかりなり、誠に我人取おこなはでかなはぬ事にて候へども、日本は風俗あしく候間、おこなひがたく候はんと存候いかゞ。師の曰、それは道の道たる本意をわきまへず、儒教の礼法をもて、専真実の道なるを得心するあやまりなり、本来儒道は大虚の神道なる故に、世界の内舟車のいたる所、人力の通ずる所、天の覆ところ地の載ところ、日月のてらす所、霜露のおつる所血気ある者の住むほどの所にて、儒道のおこなはれぬと云ことなし、

書き下し

体充問曰、先生の教を承届候へば、儒道は道理の至極したることばかりなり、誠に我人取おこなはでかなはぬ事にて候へども、日本は風俗あしく候間、おこなひがたく候はんと存候いかゞ。師の曰、それは道の道たる本意をわきまへず、儒教の礼法をもて、専真実の道なるを得心するあやまりなり、本来儒道は大虚の神道なる故に、世界の内舟車のいたる所、人力の通ずる所、天の覆ところ地の載ところ、日月のてらす所、霜露のおつる所血気ある者の住むほどの所にて、儒道のおこなはれぬと云ことなし、

現代語訳

體充が問う。「先生の教えを承ると、儒道は道理の至極を尽くしたことばかりで、誠に私たちが行わなければならないことであるが、日本は風俗が悪いので、行いにくいのではないかと思うが、どうか。」師が言う。「それは道が道である本意を弁えず、儒教の礼法をそのまま真実の道と心得る誤りである。本来儒道は太虚の神道であるから、世界の内で、舟や車の行き着く所、人の力の通じる所、天の覆う所、地の載せる所、日月の照らす所、霜露の降りる所、血気ある者が住む所であれば、儒道が行われないということはない。

解説

儒学は中国の制度だから日本では行えないのではないか、という問いである。当時の儒者には、中国の礼制をそのまま日本に移そうとする者が少なくなかった。藤樹はこれを、礼法を道と取り違える誤りとして退け、儒道は太虚に満ちる普遍の道だから、人の住む所ならどこでも行えると答える。後半の表現は『中庸』三十一章の、聖人の徳が天下に及ぶさまを述べる一節を踏まえている。外国で成功した手法を導入するときも、形をまねる前に、その根にある普遍の原理を見きわめることが肝心である。

この章句が説くこと

儒道道普遍礼法中庸太虚

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