言志四録 / 言志録 第百三十一条 此の道は只だ是れ一貫
茫茫宇宙。此道只是一貫。從人視之。有中國。有夷狄。從天視之。無中國。無夷狄。中國有秉彜之性。夷狄亦有秉彜之性。中國有惻隱羞惡辭讓是非之情。夷狄亦有惻隱羞惡辭讓是非之情。中國有父子君臣夫婦長幼朋友之倫。夷狄亦有父子君臣夫婦長幼朋友之倫。天寧有厚薄愛憎於其間。所以此道只是一貫。但漢土古聖人發揮此道者獨先。又獨精。故其言語文字足以興起人心。而其實則道在於人心。非言語文字之所能盡。若謂道獨在於漢土文字。則試思之。六合內同文之域凡有幾。而猶有治亂。其餘橫文之俗。亦能性其性。無所不足。倫其倫。無所不具。以養其生。以送其死。然則道豈獨在於漢土文字已乎。天果有厚薄愛憎之殊云乎。
新字:茫茫宇宙。此道只是一貫。従人視之。有中国。有夷狄。従天視之。無中国。無夷狄。中国有秉彜之性。夷狄亦有秉彜之性。中国有惻隠羞悪辞譲是非之情。夷狄亦有惻隠羞悪辞譲是非之情。中国有父子君臣夫婦長幼朋友之倫。夷狄亦有父子君臣夫婦長幼朋友之倫。天寧有厚薄愛憎於其間。所以此道只是一貫。但漢土古聖人発揮此道者独先。又独精。故其言語文字足以興起人心。而其実則道在於人心。非言語文字之所能尽。若謂道独在於漢土文字。則試思之。六合内同文之域凡有幾。而猶有治乱。其余横文之俗。亦能性其性。無所不足。倫其倫。無所不具。以養其生。以送其死。然則道豈独在於漢土文字已乎。天果有厚薄愛憎之殊云乎。
書き下し
茫茫たる宇宙、此の道は只だ是れ一貫なり。人より之を視れば、中国有り、夷狄有り。天より之を視れば、中国無く、夷狄無し。中国に秉彝の性有り、夷狄にも亦秉彝の性有り。中国に惻隠羞悪辞譲是非の情有り、夷狄にも亦惻隠羞悪辞譲是非の情有り。中国に父子君臣夫婦長幼朋友の倫有り、夷狄にも亦父子君臣夫婦長幼朋友の倫有り。天寧ぞ厚薄愛憎を其の間に有らんや。此の道の只だ是れ一貫なる所以なり。但だ漢土の古聖人の此の道を発揮する者独り先んじ、又独り精し。故に其の言語文字は以て人心を興起するに足る。而して其の実は則ち道は人心に在りて、言語文字の能く尽す所に非ず。若し道独り漢土の文字に在りと謂はば、則ち試みに之を思へ。六合の内、同文の域凡そ幾か有る。而して猶ほ治乱有り。其の余の横文の俗も、亦能く其の性を性とし、足らざる所無く、其の倫を倫とし、具はらざる所無く、以て其の生を養ひ、以て其の死を送る。然らば則ち道は豈独り漢土の文字に在るのみならんや。天果して厚薄愛憎の殊有りと云はんや。
現代語訳
果てしなく広い宇宙において、この道はただ一つに貫かれている。人の立場から見れば、文明の中心である中国があり、周辺の夷狄がある。しかし天の立場から見れば、中国もなく、夷狄もない。中国の人には常なる道を守る本性があり、夷狄の人にもまた常なる道を守る本性がある。中国の人には惻隠(あわれみ)・羞悪(恥じ憎む)・辞譲(へりくだり譲る)・是非(善悪を分ける)の情があり、夷狄の人にもまた同じ惻隠・羞悪・辞譲・是非の情がある。中国には父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の人倫があり、夷狄にもまた父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の人倫がある。天がどうしてその間に厚い薄い、愛する憎むの差をつけようか。これが、この道がただ一つに貫かれているというゆえんである。ただ、漢土(中国)の古の聖人がこの道を明らかにしたのが、ひときわ早く、またひときわ精密であった。だからその言葉や文字は人の心を奮い立たせるに足る。しかし実のところ、道は人の心にあって、言葉や文字で尽くせるものではない。もし道はただ漢土の文字にだけあると言うなら、ためしに考えてみよ。天地四方のうち、漢字を共にする地域はおよそどれほどあるか。しかもそこにもなお治乱がある。それ以外の、横書きの文字を用いる国々の人々も、よくその本性を本性として発揮して足りないところがなく、その人倫を人倫として守って欠けるところがなく、それによって生きる者を養い、死んだ者を送っている。そうであるなら、道がどうしてただ漢土の文字の中にだけあろうか。天に厚薄や愛憎の区別があるなどと、どうして言えようか。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第二・不偸盜戒若通シテ云ハ。此天地有テ此国土アルシヤ。日月星辰天ノ条理トナル。山沢河海地ノ条理トナル。此国土有テ此人物アルシヤ。君臣尊卑国ノ条理トナル。父子夫婦昆弟家ノ条理トナル。国土ナラヌ天地無ク。人物止住セヌ国土ナシ。此人物有テ此道アルシヤ。人物有テ道ナキ国家アラス。其国ヨリ云ハ何ノ国カ上国ナラサルヘク。其道ヨリ云ハ何レノ道カ真正ナラサルヘキ。然レトモ道ニ大小邪正アリ。国ニ勝国劣国ノ別アリ。人ニ賢愚有テ。此国ノ教ハ彼国ニ通セス。彼人ヲ導ク教ハ此人ニ通セス。智人ヲ導ク教ハ愚者ニ施スヘカラス。愚者ヲ誘フ教ハ智人ニ通スヘカラス。男子ノ教ハ女人ニ用フヘカラス。女人ノ教ハ男子ニ用フヘカラス。貴人ノ道ト賤者ノ作法モ互ニ通スヘカラス。匈奴ヨリ漢国ノ礼儀ヲ非スル。漢国ヨリ夷狄ヲ賤ル。助テイハハ可ナリ。唯此十善ノミ万国ニ推通シ。古今ニ推通シ。智愚賢不肖貴賤男女ニ推通シテ。道トスヘキ道シヤ。
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『十善法語』巻第二・不偸盜戒世間ノ中ニ。此真正法有テ常ニ世間ヲ利益スル。仰テ仰テ日月ヲ視カ如ク。目アル者ハ悉ク視ル。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此世界アリ此人間アレハ。此十善有テ常ニ随逐スルシヤ。雷霆ノ声ヲ発スル如ク。耳アル者ハ悉ク聞ク。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此世界アリ此人間アレハ。此十善有テ常ニ随逐スルシヤ。但業障深重ノ者カ世途ニ奔走シテ自ラ此道有コトヲ知ラス。世智弁聰ノ者カ非理ニ巣窟ヲ構ヘテ自ラ其中ニ入シヤ。一類ノ者カ云。戒法ハ唯是僧徒忍辱ノ行ナリ。此ヲ世間権門ニ用ユヘキナラス。若此戒法ヲ持テハ。慈愛ニ過テ。怯弱者ニナルト。此類悉ク謬タコトシヤ。
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