十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
若通シテ云ハ。此天地有テ此國土アルシヤ。日月星辰天ノ條理トナル。山澤河海地ノ條理トナル。此國土有テ此人物アルシヤ。君臣尊卑國ノ條理トナル。父子夫婦昆弟家ノ條理トナル。國土ナラヌ天地無ク。人物止住セヌ國土ナシ。此人物有テ此道アルシヤ。人物有テ道ナキ國家アラス。其國ヨリ云ハ何ノ國カ上國ナラサルヘク。其道ヨリ云ハ何レノ道カ眞正ナラサルヘキ。然レトモ道ニ大小邪正アリ。國ニ勝國劣國ノ別アリ。人ニ賢愚有テ。此國ノ教ハ彼國ニ通セス。彼人ヲ導ク教ハ此人ニ通セス。智人ヲ導ク教ハ愚者ニ施スヘカラス。愚者ヲ誘フ教ハ智人ニ通スヘカラス。男子ノ教ハ女人ニ用フヘカラス。女人ノ教ハ男子ニ用フヘカラス。貴人ノ道ト賤者ノ作法モ互ニ通スヘカラス。匈奴ヨリ漢國ノ禮儀ヲ非スル。漢國ヨリ夷狄ヲ賤ル。助テイハハ可ナリ。唯此十善ノミ萬國ニ推通シ。古今ニ推通シ。智愚賢不肖貴賤男女ニ推通シテ。道トスヘキ道シヤ。
新字:若通シテ云ハ。此天地有テ此国土アルシヤ。日月星辰天ノ条理トナル。山沢河海地ノ条理トナル。此国土有テ此人物アルシヤ。君臣尊卑国ノ条理トナル。父子夫婦昆弟家ノ条理トナル。国土ナラヌ天地無ク。人物止住セヌ国土ナシ。此人物有テ此道アルシヤ。人物有テ道ナキ国家アラス。其国ヨリ云ハ何ノ国カ上国ナラサルヘク。其道ヨリ云ハ何レノ道カ真正ナラサルヘキ。然レトモ道ニ大小邪正アリ。国ニ勝国劣国ノ別アリ。人ニ賢愚有テ。此国ノ教ハ彼国ニ通セス。彼人ヲ導ク教ハ此人ニ通セス。智人ヲ導ク教ハ愚者ニ施スヘカラス。愚者ヲ誘フ教ハ智人ニ通スヘカラス。男子ノ教ハ女人ニ用フヘカラス。女人ノ教ハ男子ニ用フヘカラス。貴人ノ道ト賤者ノ作法モ互ニ通スヘカラス。匈奴ヨリ漢国ノ礼儀ヲ非スル。漢国ヨリ夷狄ヲ賤ル。助テイハハ可ナリ。唯此十善ノミ万国ニ推通シ。古今ニ推通シ。智愚賢不肖貴賤男女ニ推通シテ。道トスヘキ道シヤ。
書き下し
若通シテ云ハ。此天地有テ此国土アルシヤ。日月星辰天ノ条理トナル。山沢河海地ノ条理トナル。此国土有テ此人物アルシヤ。君臣尊卑国ノ条理トナル。父子夫婦昆弟家ノ条理トナル。国土ナラヌ天地無ク。人物止住セヌ国土ナシ。此人物有テ此道アルシヤ。人物有テ道ナキ国家アラス。其国ヨリ云ハ何ノ国カ上国ナラサルヘク。其道ヨリ云ハ何レノ道カ真正ナラサルヘキ。然レトモ道ニ大小邪正アリ。国ニ勝国劣国ノ別アリ。人ニ賢愚有テ。此国ノ教ハ彼国ニ通セス。彼人ヲ導ク教ハ此人ニ通セス。智人ヲ導ク教ハ愚者ニ施スヘカラス。愚者ヲ誘フ教ハ智人ニ通スヘカラス。男子ノ教ハ女人ニ用フヘカラス。女人ノ教ハ男子ニ用フヘカラス。貴人ノ道ト賤者ノ作法モ互ニ通スヘカラス。匈奴ヨリ漢国ノ礼儀ヲ非スル。漢国ヨリ夷狄ヲ賤ル。助テイハハ可ナリ。唯此十善ノミ万国ニ推通シ。古今ニ推通シ。智愚賢不肖貴賤男女ニ推通シテ。道トスヘキ道シヤ。
現代語訳
もし通して言えば、この天地があってこの国土があるのである。日月星辰は天の条理となる。山沢河海は地の条理となる。この国土があってこの人と物があるのである。君臣尊卑は国の条理となる。父子・夫婦・兄弟は家の条理となる。国土でない天地はなく、人や物の住まない国土はない。この人や物があってこの道があるのである。人や物があって道のない国家はない。その国から言えば、どの国が上国でないことがあろうか。その道から言えば、どの道が真正でないことがあろうか。けれども、道には大小邪正があり、国には勝れた国と劣った国の別があり、人には賢愚があって、この国の教えは彼の国に通じず、彼の人を導く教えはこの人に通じない。智者を導く教えは愚者に施すべきではない。愚者を誘う教えは智者に通じるべきではない。男子の教えは女人に用いるべきではない。女人の教えは男子に用いるべきではない。貴人の道と賤しい者の作法も互いに通じるべきではない。匈奴から漢の国の礼儀を非難し、漢の国から夷狄を賤しむ。それぞれの立場から言うのならそれもよい。ただこの十善だけが、万国に通じ、古今に通じ、智愚・賢不肖・貴賤・男女に通じて、道とすべき道なのである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志録 第百三十一条 此の道は只だ是れ一貫茫茫たる宇宙、此の道は只だ是れ一貫なり。人より之を視れば、中国有り、夷狄有り。天より之を視れば、中国無く、夷狄無し。中国に秉彝の性有り、夷狄にも亦秉彝の性有り。中国に惻隠羞悪辞譲是非の情有り、夷狄にも亦惻隠羞悪辞譲是非の情有り。中国に父子君臣夫婦長幼朋友の倫有り、夷狄にも亦父子君臣夫婦長幼朋友の倫有り。天寧ぞ厚薄愛憎を其の間に有らんや。此の道の只だ是れ一貫なる所以なり。但だ漢土の古聖人の此の道を発揮する者独り先んじ、又独り精し。故に其の言語文字は以て人心を興起するに足る。而して其の実は則ち道は人心に在りて、言語文字の能く尽す所に非ず。若し道独り漢土の文字に在りと謂はば、則ち試みに之を思へ。六合の内、同文の域凡そ幾か有る。而して猶ほ治乱有り。其の余の横文の俗も、亦能く其の性を性とし、足らざる所無く、其の倫を倫とし、具はらざる所無く、以て其の生を養ひ、以て其の死を送る。然らば則ち道は豈独り漢土の文字に在るのみならんや。天果して厚薄愛憎の殊有りと云はんや。
-
『翁問答』下卷之末之末体充問曰、先生の教を承届候へば、儒道は道理の至極したることばかりなり、誠に我人取おこなはでかなはぬ事にて候へども、日本は風俗あしく候間、おこなひがたく候はんと存候いかゞ。師の曰、それは道の道たる本意をわきまへず、儒教の礼法をもて、専真実の道なるを得心するあやまりなり、本来儒道は大虚の神道なる故に、世界の内舟車のいたる所、人力の通ずる所、天の覆ところ地の載ところ、日月のてらす所、霜露のおつる所血気ある者の住むほどの所にて、儒道のおこなはれぬと云ことなし、
-
『文武訓』武訓上もだして云はざらんも、むげに仁をうしなひてなさけなければ、本意にあらず。われ愚なれども、幼よりひじりの書をよみ、其道をたふとべる故、管見をここにのべ侍る。天地の間広しといへど、道はただ一のみ。やまとの道、もろこしの道とて、さらに二あるべからず。つはもののいにしへ道儒者の道とて二道なし。もろこしの武道、日本の武道、またなんぞ二あらんや。古の道、今の道、是亦かはるべからず。易に曰、天の道を立てて陰と陽といひ、人の道を立てて仁と義といふ。陰陽にあらざれば天の道行はれず、仁義にあらざれば人の道たたず。人に仁義の道あるは、天に陰陽あるが如し。仁は陽徳なり、義は陰徳なり。仁義の外別に人の道とすべきものなし。
-
『講孟余話』盡心下 第三十六章「膾炙は同じき所なり、羊棗は独りする所なり。名を諱みて姓を諱まず、姓は同じき所なり、名は独りする所なり」。羊棗と膾炙、姓と名、一は同じく、一は独りなり。同じきを食して独りを食せず、同じきを諱まずして独りを諱む、孟子の道を論ずる精密と云ふべし。請ふ其の詳を敷衍せん。道は天下公共の道にして所謂同なり。国体は一国の体にして所謂独なり。君臣・父子・夫婦・長幼・朋友、五者は天下の同なり。皇朝君臣の義万国に卓越する如きは、一国の独なり。匈奴の壮者は肥美を食ひ、老者は其の余を飲食し、壮健を貴び、老弱を賤しみ、父死すれば其の後母を妻とし、兄弟死すれば皆其の妻を取りて是れを妻とする如きは、亦其の一国の独なり。名を諱みて羊棗を食はざるの義を以て是れを推すに、国体の最も重きこと知るべし。然れども道は総名なり、故に大小精粗皆是れを道と云ふ。然れば国体も亦道なり。国俗と国体とは自ら別なり。大氐国に自然の俗あり、聖人起りて其の善を采り、其の悪を濯ひ、一箇の体格を成す時は、是れを国体と云ふ。匈奴の事の如きは、国俗の陋悪なるものなり。今皇国君臣の体に比して云ふは、頗る不倫に似たり。然れども是れ特に独同の別を顕すのみ。況んや体俗自ら別なりと云へども、其の原亦一致なるを以てなり。
-
『十善法語』巻第二・不偸盜戒世間ノ中ニ。此真正法有テ常ニ世間ヲ利益スル。仰テ仰テ日月ヲ視カ如ク。目アル者ハ悉ク視ル。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此世界アリ此人間アレハ。此十善有テ常ニ随逐スルシヤ。雷霆ノ声ヲ発スル如ク。耳アル者ハ悉ク聞ク。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此世界アリ此人間アレハ。此十善有テ常ニ随逐スルシヤ。但業障深重ノ者カ世途ニ奔走シテ自ラ此道有コトヲ知ラス。世智弁聰ノ者カ非理ニ巣窟ヲ構ヘテ自ラ其中ニ入シヤ。一類ノ者カ云。戒法ハ唯是僧徒忍辱ノ行ナリ。此ヲ世間権門ニ用ユヘキナラス。若此戒法ヲ持テハ。慈愛ニ過テ。怯弱者ニナルト。此類悉ク謬タコトシヤ。
-
『講孟余話』盡心下 第三十六章然るに一老先生の説の如く、道は天地の間一理にして、其の原は天より出づ、我と人との差なく、我が国と他の国との別なしと云ひて、皇国の君臣を漢土の君臣と同一に論ずるは、余が万々服せざる所なり。況んや孟子已に其の此の理あることを論ずること明々なるをや。大氐五大洲公共の道あり、各々一洲公共の道あり、皇国・漢土・諸属国(南鮮・安南・琉球・台湾の類)公共の道あり、六十六国公共の道あり、皆所謂同なり。其の独に至りては、一家の道、隣家に異なり、一村一郡の道、隣村隣郡に異なり、一国の道、隣国に異なる者あり。故に一家にては庭訓を守り、一村一郡にては村郡の古風を存し、一国に於ては国法を奉じ、皇国に居りては皇国の体を仰ぐ。然る後漢土聖人の道をも学ぶべし、天竺釈氏の教へをも問ふべし。訓と云ひ、風と云ひ、法と云ひ、体と云ふ、合はせて是れを云へば道なり。皇国の事は云ふ迄もなきことなり。水府の論の如く、漢土は実に日本と風気相近ければ、道も大いに同じ。但だ欧羅巴・米利堅・利未亜諸洲に於ては、土地隔遠にて風気通ぜざる故にや、人倫の大道さへも其の義を失ふことあり、況んや其の他の小道に於てをや。然れども彼に在りては亦自ら視て以て正道とす。彼の道を改めて我が道に従はせ難きは、猶吾の万々彼の道に従ふべからざるが如し。然るに強ひて天地間一理と云ふとも、実事に於て不通と云ふべし。独同の義を以て是れを推究すべし。六月仲三夜。第三十七章。