翁問答 / 下卷之末
又一には俗儒の學をひろくして禮法になづまざるを權なりとばかり心得て、時中の適當を辨へず、欲心に任て禮法をそむき、その心にも不義なりとわずかにしれども、高滿の傲氣はなはだしき故に、權の名をかりてのがれ、ことばを巧にしてその門人を罔し世を惑し、道のさまたげとなる人あり此ふたしなの權の贋ものをいましめんため、洪氏の格言を集註に引用ひめされたり、よくよく明辨すべし。
新字:又一には俗儒の学をひろくして礼法になづまざるを権なりとばかり心得て、時中の適当を弁へず、欲心に任て礼法をそむき、その心にも不義なりとわずかにしれども、高満の傲気はなはだしき故に、権の名をかりてのがれ、ことばを巧にしてその門人を罔し世を惑し、道のさまたげとなる人あり此ふたしなの権の贋ものをいましめんため、洪氏の格言を集註に引用ひめされたり、よくよく明弁すべし。
書き下し
又一には俗儒の学をひろくして礼法になづまざるを権なりとばかり心得て、時中の適当を弁へず、欲心に任て礼法をそむき、その心にも不義なりとわずかにしれども、高満の傲気はなはだしき故に、権の名をかりてのがれ、ことばを巧にしてその門人を罔し世を惑し、道のさまたげとなる人あり此ふたしなの権の贋ものをいましめんため、洪氏の格言を集註に引用ひめされたり、よくよく明弁すべし。
現代語訳
もう一つは、俗儒の学問を広く修め、礼法にこだわらないことを権だとばかり心得て、時中の適当(その時その場にかなうこと)を弁えず、欲心に任せて礼法に背く者である。その心でも不義であるとうすうす分かっていながら、高慢の驕りが甚だしいために、権の名を借りて言い逃れ、言葉巧みに門人を欺き世を惑わし、道の妨げとなる人がいる。この二種類の権の偽物を戒めるために、朱子は洪氏の格言を『論語集注』に引用されたのである。よくよく明らかに弁えるべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』外篇・治道・聖人は權を以て道を行ふ權の在る所は、利の歸する所なり。聖人は權を以て道を行ひ、小人は權を以て私を濟す。
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『韓非子』六反第四十六「政を為すは猶ほ沐のごときなり、弃髪有りと雖も、必ず之を為す。」弃髪の費を愛みて長髪の利を忘るるは、権を知らざる者なり。
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『呻吟語』外篇・治道・慎みて權を人に與ふ上に在る者は慎みて權を人に與ふ。
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『慎思録』巻之三権に大小有り。大権は才徳大いに備はる者に非ざれば能はざるなり。湯武の放伐、伊尹の廃置、周公の管叔を誅するが如き、是れなり。小権は嫂溺るれば之を援くるに手を以てするが如き、是れなり。是れ常人も亦之を行ふべし。概ね常人は権を行ふべからずと謂ふは、亦未だ是ならず。又徳聖賢に非ずと雖も、大権を行ひて理に中る者有り。霍光の昌邑王を廃するが如き、是れなり。此の時に方りて、如し自ら徳聖賢に非ずと以謂ひて、権を行ふべからずとして悠悠として時を失はば、豈に大臣と為すべけんや。
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