呻吟語 / 外篇・治道・聖人は權を以て道を行ふ
權之所在,利之所歸也。聖人以權行道,小人以權濟私。
新字:権之所在,利之所帰也。聖人以権行道,小人以権済私。
書き下し
權の在る所は、利の歸する所なり。聖人は權を以て道を行ひ、小人は權を以て私を濟す。
現代語訳
権のあるところは、利の帰するところです。聖人は権で道を行い、小人は権で私を遂げます。
解説
権と利が必ず一緒に動くことを、まず事実として押さえます。だから権を持つ者のところに利が集まる。そのうえで使い道が二つに分かれます。道を行うか、私を遂げるか。権そのものに善悪は無く、持つ人で決まるということです。次の段で、だからこそ権を人に与えるとき慎めという結論が導かれます。権そのものを責めず、持つ人を問う構えになっています。

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権利道私中立
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