呻吟語 / 外篇・治道・慎みて權を人に與ふ
在上者慎以權與人。
新字:在上者慎以権与人。
書き下し
上に在る者は慎みて權を人に與ふ。
現代語訳
上に立つ者は、慎んで権を人に与えます。
解説
前の段を受けて、結論だけを置きます。権を与えるときは慎め。権のあるところに利が集まり、使い道が人によって正反対になるからです。九字の短句ですが、人事の要点を一つに絞っています。前に出てきた、高位は重荷であって栄誉ではないという段と組で読むと、与える側の基準がはっきりします。与える側の目が、そのまま結果を決めるということです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
権授与慎む人事基準
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『翁問答』下卷之末体充曰、淳于髡曰く、男女授受するに親らせざるは礼か、孟子曰く、礼なり、曰く、嫂溺るれば則ち之を援くるに手を以てせんか、曰く、嫂溺るるを援けざるは是れ豺狼なり、男女授受するに親らせざるは礼なり、嫂溺るるときに之を援くるに手を以てするは権なり、曰く、今天下溺る、夫子の援けざるは何ぞや、曰く、天下溺るれば之を援くるに道を以てし、嫂溺るれば之を援くるに手を以てす、子は手もて天下を援けんと欲するか、孟子の此章を考見れば、経と権と差別あるべきと存候はいかゞ。師の曰、漢儒の経に反して道に合ふを権と為すの説は、此の章を見誤たる者なり此章の礼は礼法を指ていへり、礼法は天下万民日用通行のために平生急務の事ばかりを定たまふものなれば、非常の変事には礼法なし、道は大虚に充満して身をはなれざるものなれば、もとより平常日用の道も礼法なり、また非常の変に処する義も道なり権は此道の総名なる故に、礼法も本権なれ共事の模様定りて迹あるによつて権と名けがたき故に法と名づけたり、
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