十善法語 / 巻第四・不妄語戒
此中ニ事ハ類シテ犯罪ナラヌコトモ有ヘキシヤ。史記ノ中ニ。榮陽ノ圍ノ時。將軍紀信カ黃屋ノ車ニ乘テ左纛ヲツケ。沛公ノヨソホヒヲ作シ。出テ楚ニ降タ類。此ハ忠義ニ因ル軍中ノ計略ナレハ。身ノ妄語ニハナラヌシヤ。又孔子ノ微服シテ宋ニ過ルノ類。此ハ君子ノ變ニ處スル權ト云モノテ。妄語ニハナラヌシヤ。
新字:此中ニ事ハ類シテ犯罪ナラヌコトモ有ヘキシヤ。史記ノ中ニ。栄陽ノ囲ノ時。将軍紀信カ黄屋ノ車ニ乗テ左纛ヲツケ。沛公ノヨソホヒヲ作シ。出テ楚ニ降タ類。此ハ忠義ニ因ル軍中ノ計略ナレハ。身ノ妄語ニハナラヌシヤ。又孔子ノ微服シテ宋ニ過ルノ類。此ハ君子ノ変ニ処スル権ト云モノテ。妄語ニハナラヌシヤ。
書き下し
此中ニ事ハ類シテ犯罪ナラヌコトモ有ヘキシヤ。史記ノ中ニ。栄陽ノ囲ノ時。将軍紀信カ黄屋ノ車ニ乗テ左纛ヲツケ。沛公ノヨソホヒヲ作シ。出テ楚ニ降タ類。此ハ忠義ニ因ル軍中ノ計略ナレハ。身ノ妄語ニハナラヌシヤ。又孔子ノ微服シテ宋ニ過ルノ類。此ハ君子ノ変ニ処スル権ト云モノテ。妄語ニハナラヌシヤ。
現代語訳
この中には、事は似ていても罪にならないこともあるはずである。史記の中に、滎陽の包囲の時、将軍紀信が天子の黄色い屋根の車に乗って左に纛(旗飾り)をつけ、沛公(劉邦)の装いをして、出て楚に降った類がある。これは忠義による軍中の計略であるから、身の妄語にはならないのである。また孔子が身をやつして宋を通り過ぎた類。これは君子が変事に処する権(臨機の計らい)というものであって、妄語にはならないのである。
解説
形は身の妄語に似ていても、罪にならない場合があると慈雲は区別する。紀信は漢の劉邦が滎陽で楚軍に包囲された際、劉邦に扮して降伏し、その隙に劉邦を逃がして自らは殺された将軍である。孔子が宋で命を狙われ、目立たない服で通り過ぎたのも、君子が変事に処する権道だという。自分の利益のための偽りと、人を守るため、危難を避けるためのやむを得ない計らいとを分けて見る視点は、規則を形だけで裁かず、その動機と目的まで見て判断するときの参考になる。
この章句が説くこと
権忠義紀信孔子妄語
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