翁問答 / 下卷之末
釋尊の心地無礙淸淨の位はよしといへども、其妄行の天眞のさはりとなる法をば斥けひらかで、かなはぬ事なり、むかし原壤といへる狂者は孔子の舊友なり、後に原壤狂見たくましくして斥くべき妄行あり、孔門の諸賢絕交ましますべきことなりと疑ありけれ共、孔子故者毋失其爲故也とのたまひて、終に交を絕たまはず。交をば絕たまはざれ共、原壤夷俟ときは爲賊とのたまひて、つきたまへる杖にて原壤の脛をたゝきいましめ責たまふ、此聖行の御本意を愼て考見るに交を絕たまはざるは、吾不得中行而與之必也狂狷乎とのたまふ意なるべし、脛をたゝきたまふは妄行のあやまりをさとらしめ、中行の位へ誘掖なされんとの不屑の敎誨なるべし、されば洙泗の流をくめる眞儒は此聖謨を憲章して、釋尊の心をば好し、其妄行をば斥きひらきて、靈山の糟粕に醉てたはことつける沙門を敎化して、儒門艮背敵應の學者となすべき事、仁政の一端なるべし。
新字:釈尊の心地無礙清浄の位はよしといへども、其妄行の天真のさはりとなる法をば斥けひらかで、かなはぬ事なり、むかし原壤といへる狂者は孔子の旧友なり、後に原壤狂見たくましくして斥くべき妄行あり、孔門の諸賢絶交ましますべきことなりと疑ありけれ共、孔子故者毋失其為故也とのたまひて、終に交を絶たまはず。交をば絶たまはざれ共、原壤夷俟ときは為賊とのたまひて、つきたまへる杖にて原壤の脛をたゝきいましめ責たまふ、此聖行の御本意を慎て考見るに交を絶たまはざるは、吾不得中行而与之必也狂狷乎とのたまふ意なるべし、脛をたゝきたまふは妄行のあやまりをさとらしめ、中行の位へ誘掖なされんとの不屑の教誨なるべし、されば洙泗の流をくめる真儒は此聖謨を憲章して、釈尊の心をば好し、其妄行をば斥きひらきて、霊山の糟粕に酔てたはことつける沙門を教化して、儒門艮背敵応の学者となすべき事、仁政の一端なるべし。
書き下し
釈尊の心地無礙清浄の位はよしといへども、其妄行の天真のさはりとなる法をば斥けひらかで、かなはぬ事なり、むかし原壤といへる狂者は孔子の旧友なり、後に原壤狂見たくましくして斥くべき妄行あり、孔門の諸賢絶交ましますべきことなりと疑ありけれ共、孔子故き者は其の故たることを失ふこと毋しとのたまひて、終に交を絶たまはず。交をば絶たまはざれ共、原壤夷俟ときは為賊とのたまひて、つきたまへる杖にて原壤の脛をたゝきいましめ責たまふ、此聖行の御本意を慎て考見るに交を絶たまはざるは、吾中行を得て之に与せずんば、必ずや狂狷かとのたまふ意なるべし、脛をたゝきたまふは妄行のあやまりをさとらしめ、中行の位へ誘掖なされんとの不屑の教誨なるべし、されば洙泗の流をくめる真儒は此聖謨を憲章して、釈尊の心をば好し、其妄行をば斥きひらきて、霊山の糟粕に酔てたはことつける沙門を教化して、儒門艮背敵応の学者となすべき事、仁政の一端なるべし。
現代語訳
釈尊の心地である無礙清浄の位はよいとしても、その妄行のうち天真の妨げとなる法は退け開かなければならない。昔、原壌という狂者は孔子の旧友であった。のちに原壌は狂見がたくましくなり、退けるべき妄行があったので、孔門の諸賢は絶交なさるべきだと疑ったが、孔子は「旧友は旧友であることを失わない」と言われて、ついに交わりを絶たれなかった。交わりは絶たれなかったけれども、原壌がうずくまって待っていたときには「賊となす」と言われ、ついておられた杖で原壌のすねを叩いて戒め責められた。この聖人の行いの御本意を慎んで考えてみると、交わりを絶たれなかったのは、「中行の人を得てこれと交われないならば、せめて狂者・狷者であろうか」と言われた意であろう。すねを叩かれたのは、妄行の誤りを悟らせて中行の位へ導こうとなさった、潔しとしない教誨であろう。だから洙泗の流れをくむ真の儒者は、この聖謨を手本として、釈尊の心は好しとし、その妄行は退け開き、霊山の糟粕に酔ってたわ言を言う沙門を教化して、儒門の艮背敵応の学者とすべきであって、これも仁政の一端である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『翁問答』下卷之末師の曰、巣父、許由、曽哲、原壤などは、堯舜、孔子の日の光つよきによつて、その狂見の教をひろめて世教のさまたげとならず、其上惟狂克念作聖の人なるによつて斥けたまはざるなり、程子朱子の時には儒道くらくて仏道盛にひろまり、末流の比丘みだりに意見にまかせくちにまかせて、釈尊の本意にもそむきたる造言をなし、法をたてゝ世をまどはし人を誑し、すゝむるによつて、やむことを得ずしてかくの如くしりぞけひらきて、天下後世のまよひを解あきらめ召されたり、即ち孔子原壤の脛を叩て為賊と責たまふ意を祖述して、攘退めされたれば拠どころなきにあらず、仏氏の流をくむもの許由曽哲などの如く、我心にのみ狂見をまもりて世教をさまたげずば、程子朱子もさのみしりぞけひらきめさるまじ、君子は仁孝の心切なる故に、天下を汚濁に溺らし、人倫を禽獣の域にひきいれぬるを憐れみなげきて、はなはだしく攘斥めされたり、仏者の勝むことをこのむ邪心にて、儒道をそねむが如くなるにはあらず。
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論語・憲問篇原壌、夷して俟つ。子曰く、「幼にして孫弟ならず、長じて述ぶること無く、老いて死せず、是を賊と為す。」杖を以て其の脛を叩く。
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『翁問答』下卷之末もとより釈尊は道の大意を悟りたる狂者にて、すでにみづから其父浄飯の棺をになひ、梵網経には孝順至道の法と説めされて、孝行にくらき人にあらざれ共、孝徳の全体精微の密には悟入なきによつて、中行の位にのぼりめさるゝこと能はず、もし儒道を聞めされたれば、かならず尊信受用有べきこと、孝順至道之法と説その父の棺をになひめされたるにておしはかるべし。然るにその流をくむ末代の比丘、我慢の邪心たくましくてその親をそしるよりも物体なき理をわきまへず、くちにまかせて儒道をそしりぬるは無下にあさましき迷ひなる可し。
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『翁問答』下卷之末その上すゝむる所の善真実無妄の至善にあらず、三才一貫中庸精微の至道にそむきて、人極のさまたげとなること多し、聖人中庸の法さへ迹になづみぬれば、人極のさはりとなるものなれば、まして狂者偏僻の法を迹ばかりを専らと取おこなふによつて、元来釈迦達磨の心根は勧善懲悪のためなるべけれども、末流には善をやぶり、悪をすゝめ、人の心を、迷はしめること、淫声美色のごとし、これみな末代その流をくむ比丘のあやまりと云ながら、本来狂者の所見純熟せざるによつて、その教法粗糲迂濶なる故なり、釈迦も達磨もすぐれたる狂者なれば、聖人にあひめされたらば必ず中庸精微の密に悟入して、中行の位に至めさるべし、たとひ中行にいたりめされずとも、許由曽哲などの如くにありて、かく世をまどはす教の法をば立めさるまじ、聖人出世ましまさぬ戎国に生出て、その法のひろまりたること幸に似たる不幸なり。
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『翁問答』下卷之末しかる故に釈尊の流をくむ人に随分聰明なる人あまたあれ共偏に我堂の仏尊しと迷ひて、或は仏法小乗のあさき教が儒道の極上のふかき説に越へましたると云、或は釈尊は大聖孔子は小賢なりと云、或は仏法は内典聖義なり、儒教は外典俗書なりと云、或は儒教は外道なりなど云て、世をまどはし人をたぶらかしぬ、まことにめくら蛇におぢざる迷び深き心にて、あたまに口のあきたるまゝに、世に人もなげに議するはその道の元祖、釈迦達磨の心にそむきたる理をしらず、いと浅ましく我慢邪慢なるたはこと片腹いたきといひながら、あはれになげかしき事なるべし、歴々聰明なる人のかく道をとりまがふ事は、教の法中庸にそむきたるによりて、其立法の心根はよしといへども末流をくめる学者理味をかみちがへて、皆峯へ登るとて谷へ入ごとくなる故なり、我物をあらそひかたんとおもふ我慢の魔心をはらひすて、儒と云仏と云名をわすれて、本来至誠無息不貳一貫の心学をつとめて、太虚廖廓の神道をさとりぬれば、何のうたがひもなきものなり。
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『翁問答』下卷之末此無礙清浄位無心無念の本仏は、不思議の体にして、毫髪の按排をいれざる処なれども、儒教には此無礙清浄の位の上に不思議神通の力をもて、神理霊気不二の二、不一の一を明弁して一段向上精一の神化あり、此神化の後を聖人と名く、至妙天真艮背敵応の位なり、此神化の結胎純熟半なるを亜聖の大賢と名く中行位なり、中行は無欲無為自然の真心無礙清浄の位の上にて、至妙天真艮背敵応の聖胎をむすぶによつて、その議論行迹聖人にたがはず、これを大一天真の神道と名く、許由、巣父、曽哲、荘子、釈迦、達磨などは、無欲無為自然の真心をあきらかにして、無礙清浄の位に至てこれを至極の中道山頂なりと定、至妙天真艮背敵応の聖胎をむすばざるによつて、その無欲無為清浄自然の心なるによつて、悪といふべきにもあらず、天真にもあらず、無欲の妄行といふものなり、聖人これを狂者と名けたまふ、
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