論語 / 憲問篇
原壤夷俟。子曰:「幼而不孫弟,長而無述焉,老而不死,是爲賊。」以杖叩其脛。
新字:原壤夷俟。子曰:「幼而不孫弟,長而無述焉,老而不死,是為賊。」以杖叩其脛。
書き下し
原壌、夷して俟つ。子曰く、「幼にして孫弟ならず、長じて述ぶること無く、老いて死せず、是を賊と為す。」杖を以て其の脛を叩く。
現代語訳
原壌がしゃがんで足を投げ出して(孔子を)待っていた。先生がおっしゃった。「幼いころは目上にへりくだらず、大人になってもこれといった行いもなく、年老いてもまだ死なない。これこそ世の害になる者だ。」そして杖でそのすねをたたいた。
解説
孔子が旧知の相手を、言葉で罵り、杖で叩いた場面である。論語の中でも異色の記録だ。原壌は孔子の古い友人とされ、礼を無視した姿勢で待っていた。三段階にわたる罵倒は容赦がない。若い頃から今に至るまで、何一つ積んでこなかったという指摘である。ここで考えたいのは、なぜこの記録が残されたかだ。聖人らしからぬ場面だが、削られずに伝えられた。おそらく、親しい相手にこそ本気で怒るという孔子の一面を示すためだろう。他人であれば黙って距離を置く。長い付き合いだから、叩いてでも言う。ただし、叩いたのは脛である。急所ではない。怒りの表現にも加減があった。感情を出すことと、制御を失うことは違う。
この章句が説くこと
叱責旧友怒り加減原壌
関連する章句
-
『翁問答』下卷之末釈尊の心地無礙清浄の位はよしといへども、其妄行の天真のさはりとなる法をば斥けひらかで、かなはぬ事なり、むかし原壤といへる狂者は孔子の旧友なり、後に原壤狂見たくましくして斥くべき妄行あり、孔門の諸賢絶交ましますべきことなりと疑ありけれ共、孔子故き者は其の故たることを失ふこと毋しとのたまひて、終に交を絶たまはず。交をば絶たまはざれ共、原壤夷俟ときは為賊とのたまひて、つきたまへる杖にて原壤の脛をたゝきいましめ責たまふ、此聖行の御本意を慎て考見るに交を絶たまはざるは、吾中行を得て之に与せずんば、必ずや狂狷かとのたまふ意なるべし、脛をたゝきたまふは妄行のあやまりをさとらしめ、中行の位へ誘掖なされんとの不屑の教誨なるべし、されば洙泗の流をくめる真儒は此聖謨を憲章して、釈尊の心をば好し、其妄行をば斥きひらきて、霊山の糟粕に酔てたはことつける沙門を教化して、儒門艮背敵応の学者となすべき事、仁政の一端なるべし。
-
孔子家語・屈節解孔子の舊(旧知)を原壤と曰う、其の母死す、夫子將に之を助けて槨を沐せんとす。子路曰く、「由や、昔者諸を夫子に聞く、『己に如かざる者を友とする無かれ、過てば則ち改むるを憚る勿かれ』と。夫子憚れり、姑く已めんこと若何。」孔子曰く、「凡そ民喪有れば、匍匐して之を救う。況んや故舊をや。友に非ざるなり、吾其れ?。」木を為すに及びて、原壤木に登りて曰く、「久しいかな、予の音に托せざるや。」遂に歌いて曰く、「貍首の班然たる、汝が手を執るの卷然たる。」夫子之が為に隱し、佯り聞かざるを以て之を過ぐ。子路曰く、「夫子節を屈して此に極まる、其の與を失えり。豈未だ已むべからざるか。」孔子曰く、「吾之を聞く、親しき者は其の親たるを失わず、故き者は其の故たるを失わず。」
-
礼記・檀弓下魯の荘公の喪、既に葬りて、絰(てつ)は庫門(こもん)に入らず。士大夫既に卒哭(そっこく)すれば、麻は入らず。 孔子の故人を原壌(げんじょう)と曰う。其の母死す。夫子これが椁(かく)を沐(おさ)むるを助く。原壌木に登りて曰く、「久しいかな、予の音に託せざるや」と。歌いて曰く、「貍首(りしゅ)の班然たる、女(なんじ)の手を執ることの巻然たる」と。夫子為に聞かざる者のごとくにしてこれを過ぐ。従者曰く、「子未だ以て已むべからざるか」と。夫子曰く、「丘これを聞く、親しき者は其の親たることを失うこと毋く、故(ふる)き者は其の故たることを失うこと毋し、と」。
-
史記 仲尼弟子列伝原憲、字は子思。子思恥を問ふ。孔子曰く、「国に道有れば、穀す。国に道無くして、穀するは、恥なり」と。子思曰く、「克・伐・怨・欲行はれざれば、以て仁と為すべきか」と。孔子曰く、「以て難しと為すべし、仁は則ち吾知らざるなり」と。孔子卒し、原憲遂に亡げて草沢の中に在り。子貢衛に相たり、而して駟を結び騎を連ね、藜藿を排して窮閻に入り、過りて原憲を謝す。憲敝れたる衣冠を摂めて子貢に見ゆ。子貢之を恥ぢて、曰く、「夫子豈に病めるか」と。原憲曰く、「吾之を聞く、財無き者之を貧と謂ひ、道を学びて行ふ能はざる者之を病と謂ふと。憲の若きは、貧なり、病に非ざるなり」と。子貢慚ぢ、懌ばずして去り、終身其の言の過ちを恥づ。
-
論語・憲問篇子、磬を衛に撃つ。蕢を荷いて孔氏の門を過ぐる者有り、曰く、「心有るかな、磬を撃つや。」既にして曰く、「鄙なるかな、硜硜乎たり。己を知ること莫くんば、斯れ已まんのみ。『深ければ則ち厲し、浅ければ則ち掲す。』」子曰く、「果なるかな。之を難ずること末し。」
-
論語・公冶長篇子曰く、巧言・令色・足恭は、左丘明之を恥ず、丘も亦た之を恥ず。怨みを匿して其の人を友とするは、左丘明之を恥ず、丘も亦た之を恥ず。