翁問答 / 下卷之末
もとより釋尊は道の大意を悟りたる狂者にて、すでにみづから其父淨飯の棺をになひ、梵網經には孝順至道の法と說めされて、孝行にくらき人にあらざれ共、孝德の全體精微の密には悟入なきによつて、中行の位にのぼりめさるゝこと能はず、もし儒道を聞めされたれば、かならず尊信受用有べきこと、孝順至道之法と說その父の棺をになひめされたるにておしはかるべし。然るにその流をくむ末代の比丘、我慢の邪心たくましくてその親をそしるよりも物體なき理をわきまへず、くちにまかせて儒道をそしりぬるは無下にあさましき迷ひなる可し。
新字:もとより釈尊は道の大意を悟りたる狂者にて、すでにみづから其父浄飯の棺をになひ、梵網経には孝順至道の法と説めされて、孝行にくらき人にあらざれ共、孝徳の全体精微の密には悟入なきによつて、中行の位にのぼりめさるゝこと能はず、もし儒道を聞めされたれば、かならず尊信受用有べきこと、孝順至道之法と説その父の棺をになひめされたるにておしはかるべし。然るにその流をくむ末代の比丘、我慢の邪心たくましくてその親をそしるよりも物体なき理をわきまへず、くちにまかせて儒道をそしりぬるは無下にあさましき迷ひなる可し。
書き下し
もとより釈尊は道の大意を悟りたる狂者にて、すでにみづから其父浄飯の棺をになひ、梵網経には孝順至道の法と説めされて、孝行にくらき人にあらざれ共、孝徳の全体精微の密には悟入なきによつて、中行の位にのぼりめさるゝこと能はず、もし儒道を聞めされたれば、かならず尊信受用有べきこと、孝順至道之法と説その父の棺をになひめされたるにておしはかるべし。然るにその流をくむ末代の比丘、我慢の邪心たくましくてその親をそしるよりも物体なき理をわきまへず、くちにまかせて儒道をそしりぬるは無下にあさましき迷ひなる可し。
現代語訳
もとより釈尊は道の大意を悟った狂者であって、すでに自ら父浄飯王の棺をかつぎ、『梵網経』では孝順を至道の法と説かれており、孝行に暗い人ではないけれども、孝徳の全体の精微な奥には悟入していないので、中行の位に上ることはおできにならなかった。もし儒道をお聞きになったならば、必ず尊信して受用なさったであろうことは、孝順至道の法と説き、その父の棺をかつがれたことから推し量るべきである。ところがその流れをくむ末代の比丘は、我慢の邪心がたくましく、それが自分の親をそしるよりももったいないことだという道理をわきまえず、口にまかせて儒道をそしるのは、まったく浅ましい迷いである。
解説
この章句が説くこと
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