翁問答 / 下卷之末
元神元氣は不二の二、不一の一にしてまことに毫釐のたがひなれども、其議論行跡のあやまりは千里よりも遠し、しかるによつて其敎法勸善懲惡のためなれども、そのすゝむる所の善、皇極の至善にあらず、こらしいましむる所の惡と名くる惡のうちに、眞實の惡にあらざるあり不婬の類これなり、釋尊十九にて天子の位をすて山に入、三十成道の後人間本分の生理をいとなまず、或時は乞食し人倫を外にし人事をいとひすて、種々の權敎方便說をときて愚民を誑誘めされたること皆是れ無欲無爲自然淸淨の位を極上と定、元氣の靈覺にまかせたる毫髪の差よりおこりたる無欲妄行の誤なり、其流をくめる末代の比丘、釋尊、妙覺の眞性、無礙淸淨の位をその心地に悟得ことをば務ずして、徒に釋尊無欲妄行のあとをにせたる斗りなれば、我慢の邪心凡夫よりもふかく、高言をたくみにし辨舌をたくましくして、かりそめにも勝ことを好み愚民を誑し、すゝむるをもて務とし、同じ流をくみながら我慢の偏執を立て互にそしり爭こと、貪夫の畔を爭よりも淺まし
新字:元神元気は不二の二、不一の一にしてまことに毫釐のたがひなれども、其議論行跡のあやまりは千里よりも遠し、しかるによつて其教法勧善懲悪のためなれども、そのすゝむる所の善、皇極の至善にあらず、こらしいましむる所の悪と名くる悪のうちに、真実の悪にあらざるあり不婬の類これなり、釈尊十九にて天子の位をすて山に入、三十成道の後人間本分の生理をいとなまず、或時は乞食し人倫を外にし人事をいとひすて、種々の権教方便説をときて愚民を誑誘めされたること皆是れ無欲無為自然清浄の位を極上と定、元気の霊覚にまかせたる毫髪の差よりおこりたる無欲妄行の誤なり、其流をくめる末代の比丘、釈尊、妙覚の真性、無礙清浄の位をその心地に悟得ことをば務ずして、徒に釈尊無欲妄行のあとをにせたる斗りなれば、我慢の邪心凡夫よりもふかく、高言をたくみにし弁舌をたくましくして、かりそめにも勝ことを好み愚民を誑し、すゝむるをもて務とし、同じ流をくみながら我慢の偏執を立て互にそしり争こと、貪夫の畔を争よりも浅まし
書き下し
元神元気は不二の二、不一の一にしてまことに毫釐のたがひなれども、其議論行跡のあやまりは千里よりも遠し、しかるによつて其教法勧善懲悪のためなれども、そのすゝむる所の善、皇極の至善にあらず、こらしいましむる所の悪と名くる悪のうちに、真実の悪にあらざるあり不婬の類これなり、釈尊十九にて天子の位をすて山に入、三十成道の後人間本分の生理をいとなまず、或時は乞食し人倫を外にし人事をいとひすて、種々の権教方便説をときて愚民を誑誘めされたること皆是れ無欲無為自然清浄の位を極上と定、元気の霊覚にまかせたる毫髪の差よりおこりたる無欲妄行の誤なり、其流をくめる末代の比丘、釈尊、妙覚の真性、無礙清浄の位をその心地に悟得ことをば務ずして、徒に釈尊無欲妄行のあとをにせたる斗りなれば、我慢の邪心凡夫よりもふかく、高言をたくみにし弁舌をたくましくして、かりそめにも勝ことを好み愚民を誑し、すゝむるをもて務とし、同じ流をくみながら我慢の偏執を立て互にそしり争こと、貪夫の畔を争よりも浅まし
現代語訳
元神と元気は不二の二、不一の一であって、まことに髪の毛ほどの違いであるが、その議論と行いの誤りは千里よりも遠い。それゆえ、その教法は勧善懲悪のためであっても、勧めるところの善は皇極の至善ではなく、懲らし戒めるところの悪と名づけた悪のうちに、本当の悪でないものがある。不婬の類がそれである。釈尊は十九歳で天子の位を捨てて山に入り、三十歳で成道した後は人間本分の生業を営まず、ある時は乞食し、人倫を外にし人事を厭い捨て、種々の権教方便の説を説いて愚民をたぶらかし導かれたことは、みなこれ無欲無為自然清浄の位を極上と定め、元気の霊覚に任せた毫髪の差から起こった無欲妄行の誤りである。その流れをくむ末代の比丘は、釈尊の妙覚の真性、無礙清浄の位を自分の心地に悟り得ることには努めず、いたずらに釈尊の無欲妄行の跡をまねているだけなので、我慢の邪心は凡夫よりも深く、高言を巧みにし弁舌をたくましくして、何かにつけ勝つことを好み、愚民をたぶらかし勧めることを務めとし、同じ流れをくみながら我慢の偏執を立てて互いにそしり争うことは、欲深い者が田の畔を争うよりも浅ましい。
解説
この章句が説くこと
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