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翁問答 / 下卷之本

百里奚はもと虞の國の臣下なり、虞の君不義のおこなひありて、立退かでかなはさる事ある故に、已ことを得ずして虞を去て秦の國へゆかれたり、この時とし既に七十になりぬ、秦の穆公其賢をきゝ及びて、呼出しめされたるによつて事へめされたり、主君をかへて奉公する所は、わたり奉公に似たれども、その心と作法とは天地懸隔なり、しかるを同じ口にてとり沙汰せんは、無下にあさまし、主君をかへざるを正しき士道と定めたるも、また主君をあまたかへたるを正しき士道とさだむるも皆跡に泥みたる僻事なり、心いさぎよく義理にかなひぬれば、二君に事へざるもまた主君をかへてつかふるも、皆正しき士道なり、その行ふ事はともあれかくもあれ、只その心いさぎよく義理にかなふを正しき士道なりと得心あるべし。

新字:百里奚はもと虞の国の臣下なり、虞の君不義のおこなひありて、立退かでかなはさる事ある故に、已ことを得ずして虞を去て秦の国へゆかれたり、この時とし既に七十になりぬ、秦の穆公其賢をきゝ及びて、呼出しめされたるによつて事へめされたり、主君をかへて奉公する所は、わたり奉公に似たれども、その心と作法とは天地懸隔なり、しかるを同じ口にてとり沙汰せんは、無下にあさまし、主君をかへざるを正しき士道と定めたるも、また主君をあまたかへたるを正しき士道とさだむるも皆跡に泥みたる僻事なり、心いさぎよく義理にかなひぬれば、二君に事へざるもまた主君をかへてつかふるも、皆正しき士道なり、その行ふ事はともあれかくもあれ、只その心いさぎよく義理にかなふを正しき士道なりと得心あるべし。

書き下し

百里奚はもと虞の国の臣下なり、虞の君不義のおこなひありて、立退かでかなはさる事ある故に、已ことを得ずして虞を去て秦の国へゆかれたり、この時とし既に七十になりぬ、秦の穆公其賢をきゝ及びて、呼出しめされたるによつて事へめされたり、主君をかへて奉公する所は、わたり奉公に似たれども、その心と作法とは天地懸隔なり、しかるを同じ口にてとり沙汰せんは、無下にあさまし、主君をかへざるを正しき士道と定めたるも、また主君をあまたかへたるを正しき士道とさだむるも皆跡に泥みたる僻事なり、心いさぎよく義理にかなひぬれば、二君に事へざるもまた主君をかへてつかふるも、皆正しき士道なり、その行ふ事はともあれかくもあれ、只その心いさぎよく義理にかなふを正しき士道なりと得心あるべし。

現代語訳

(師は続けた。)「百里奚はもと虞の国の臣下である。虞の君に不義の行いがあって立ち退かなければならない事情があったので、やむを得ず虞を去って秦の国へ行かれた。このとき年はすでに七十になっていた。秦の穆公がその賢を聞き及んで呼び出されたので、仕えられたのである。主君を替えて奉公するところは渡り奉公に似ているが、その心と作法とは天と地ほど隔たっている。それを同じ口で取り沙汰するのは、あまりにあさましい。主君を替えないのを正しい士道と定めるのも、また主君を多く替えたのを正しい士道と定めるのも、みな跡(形)に泥んだ僻事である。心が潔く義理にかなえば、二君に仕えないのも、また主君を替えて仕えるのも、みな正しい士道である。その行う事はともあれかくもあれ、ただその心が潔く義理にかなうのを正しい士道であると得心すべきである。」

解説

藤樹は百里奚の事情を具体的に述べ、外から見れば渡り奉公と同じでも、心と作法は天地ほど違うと説く。そして「一君に仕え通すのが正しい」と決めるのも「多く替えるのがよい」と決めるのも、どちらも形にとらわれた誤りだという。藤樹がたびたび戒める「迹に泥む」、つまり外形の規則に縛られる態度への批判である。基準はただ一つ、心が潔く義理にかなうかどうかである。定着か転身かを型で論じがちな現代の働き方の議論にも、判断の軸を示してくれる。

この章句が説くこと

士道義理心時処位百里奚

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