翁問答 / 下卷之本
かやうの士を崇敬ありて用にたちたるためし、唐土にも我朝にても古來なき事なり、しかるに諸大名衆かの商立身のてだて上手なる人をよき士と心得て、過分の知行にて抱たまふは、さだめて國をおさめ軍を行たすけとせんとの思ひ入にて候はんか、左樣の御こゝろざしにてましませば、諸葛孔明のくさぶきの陋巷へ蜀の先主の自身三たびまで、幸なりて呼出し給ふに似てその御心根は一段殊勝に候へども、人品の吟味おろかにして、過分の知行をすてたまふのみならず、士道のさまたげとなり諸士の風これによつて、日々にきたなくなりゆくこと、あさましくなげかし。
新字:かやうの士を崇敬ありて用にたちたるためし、唐土にも我朝にても古来なき事なり、しかるに諸大名衆かの商立身のてだて上手なる人をよき士と心得て、過分の知行にて抱たまふは、さだめて国をおさめ軍を行たすけとせんとの思ひ入にて候はんか、左様の御こゝろざしにてましませば、諸葛孔明のくさぶきの陋巷へ蜀の先主の自身三たびまで、幸なりて呼出し給ふに似てその御心根は一段殊勝に候へども、人品の吟味おろかにして、過分の知行をすてたまふのみならず、士道のさまたげとなり諸士の風これによつて、日々にきたなくなりゆくこと、あさましくなげかし。
書き下し
かやうの士を崇敬ありて用にたちたるためし、唐土にも我朝にても古来なき事なり、しかるに諸大名衆かの商立身のてだて上手なる人をよき士と心得て、過分の知行にて抱たまふは、さだめて国をおさめ軍を行たすけとせんとの思ひ入にて候はんか、左様の御こゝろざしにてましませば、諸葛孔明のくさぶきの陋巷へ蜀の先主の自身三たびまで、幸なりて呼出し給ふに似てその御心根は一段殊勝に候へども、人品の吟味おろかにして、過分の知行をすてたまふのみならず、士道のさまたげとなり諸士の風これによつて、日々にきたなくなりゆくこと、あさましくなげかし。
現代語訳
(師は続けた。)「このような士を崇敬して役に立った例は、唐土にもわが国にも古来ない。それなのに諸大名衆は、かの商立身の手立ての上手な人をよい士と心得て、過分の知行で抱えておられる。きっと国を治め軍を行う助けにしようとの思い入れであろう。そのようなお志であれば、諸葛孔明の草葺きのあばら家へ蜀の先主(劉備)が自ら三度まで出向いて呼び出されたのに似て、その御心根はひときわ殊勝ではあるけれども、人柄の吟味が疎かで、過分の知行を無駄にされるばかりでなく、士道の妨げとなり、諸士の気風がこれによって日々に汚くなっていくことは、あさましく嘆かわしい。」
解説
この章句が説くこと
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