翁問答 / 下卷之本
體充曰、しわくもなく棄用にもなき樣には、いかゞ工夫つかまつり候はんや。師の曰、時と所と位とによくかなひて、相應したる義理を中庸と名けたり、此中庸適當のみを目あて繩規として財寶をもちひぬれば、大過不及のわたくしなきによつて、きようともしわきとも名づけいふべきやうなしさて工夫の仕樣はまづ私欲のけがれをすてゝ天道の義理を鑑とし、時と所と位とによくかなひて相應する所を分別して、財用の節を考へしるなり、
新字:体充曰、しわくもなく棄用にもなき様には、いかゞ工夫つかまつり候はんや。師の曰、時と所と位とによくかなひて、相応したる義理を中庸と名けたり、此中庸適当のみを目あて縄規として財宝をもちひぬれば、大過不及のわたくしなきによつて、きようともしわきとも名づけいふべきやうなしさて工夫の仕様はまづ私欲のけがれをすてゝ天道の義理を鑑とし、時と所と位とによくかなひて相応する所を分別して、財用の節を考へしるなり、
書き下し
体充曰、しわくもなく棄用にもなき様には、いかゞ工夫つかまつり候はんや。師の曰、時と所と位とによくかなひて、相応したる義理を中庸と名けたり、此中庸適当のみを目あて縄規として財宝をもちひぬれば、大過不及のわたくしなきによつて、きようともしわきとも名づけいふべきやうなしさて工夫の仕様はまづ私欲のけがれをすてゝ天道の義理を鑑とし、時と所と位とによくかなひて相応する所を分別して、財用の節を考へしるなり、
現代語訳
體充が言った。「けちでもなく気前よすぎでもないようにするには、どのように工夫すればよいでしょうか」。師は言う。「時と所と位によくかない、それに応じた義理を中庸と名づけている。この中庸適当だけを目当てと規準にして財宝を用いれば、行き過ぎや足りなさの私がないので、気前よすぎともけちとも名づけようがない。さて工夫の仕方は、まず私欲のけがれを捨てて天道の義理を鏡とし、時と所と位によくかなって相応するところを分別して、財の用い方の節度を考え知るのである。」
解説
この章句が説くこと
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