翁問答 / 下卷之本
又一つのたとへあり、大將はくすしなり、敵は病なり、士卒は藥味なり、備の法は藥法なり覘釁の用間の武略は四診の醫術なり、奇正のそなへ敵によつて轉化するは攻補の藥方やまひによつて施すが如し、軍法をすこしも知らざる大將は醫道を少しも知らぬものが療治するが如し、あやうき事なるべし、陣かずの功にて備のたてやう合戰のてだてをすこし見習ひたる大將は、藥方すこしならひ覺へ病功のいりたるやぶぐすしの如し、軍法の學問なき大將運命の勢ひつよく、よはき敵ばかりにあひて勝利を得國をとり威をふるふは、しあはせよきやぶぐすし見かけはなはだしくてなほり易き病人に取かゝり、手柄をして藥代過分にとりその名たかきが如し、
新字:又一つのたとへあり、大将はくすしなり、敵は病なり、士卒は薬味なり、備の法は薬法なり覘釁の用間の武略は四診の医術なり、奇正のそなへ敵によつて転化するは攻補の薬方やまひによつて施すが如し、軍法をすこしも知らざる大将は医道を少しも知らぬものが療治するが如し、あやうき事なるべし、陣かずの功にて備のたてやう合戦のてだてをすこし見習ひたる大将は、薬方すこしならひ覚へ病功のいりたるやぶぐすしの如し、軍法の学問なき大将運命の勢ひつよく、よはき敵ばかりにあひて勝利を得国をとり威をふるふは、しあはせよきやぶぐすし見かけはなはだしくてなほり易き病人に取かゝり、手柄をして薬代過分にとりその名たかきが如し、
書き下し
又一つのたとへあり、大将はくすしなり、敵は病なり、士卒は薬味なり、備の法は薬法なり覘釁の用間の武略は四診の医術なり、奇正のそなへ敵によつて転化するは攻補の薬方やまひによつて施すが如し、軍法をすこしも知らざる大将は医道を少しも知らぬものが療治するが如し、あやうき事なるべし、陣かずの功にて備のたてやう合戦のてだてをすこし見習ひたる大将は、薬方すこしならひ覚へ病功のいりたるやぶぐすしの如し、軍法の学問なき大将運命の勢ひつよく、よはき敵ばかりにあひて勝利を得国をとり威をふるふは、しあはせよきやぶぐすし見かけはなはだしくてなほり易き病人に取かゝり、手柄をして薬代過分にとりその名たかきが如し、
現代語訳
またもう一つのたとえがある。大将は医者である。敵は病である。士卒は薬味である。備えの法は薬方である。覘釁(敵の隙をうかがうこと)・用間(間者を用いること)の武略は、四診の医術である。奇正の備えを敵によって転化するのは、攻めと補いの薬方を病によって施すようなものである。軍法を少しも知らない大将は、医道を少しも知らない者が療治するようなもので、危ういことであろう。陣数の功で備えの立て方や合戦の手立てを少し見習った大将は、薬方を少し習い覚えて病の経験を積んだ藪医者のようなものである。軍法の学問のない大将が、運命の勢いが強く弱い敵にばかり当たって勝利を得、国を取り威をふるうのは、仕合わせのよい藪医者が、見かけは甚だしいが治りやすい病人に取りかかり、手柄を立てて薬代を過分に取り、名を高めるようなものである。
解説
この章句が説くこと
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