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翁問答 / 下卷之本

大唐の名大將は數ふるにいとまなき程多けれども、普く人の知りてとり沙汰するは太公望、張良、韓信、項羽、諸葛孔明などなり、此五人の衆みな若き時仕合あしく、いやしきすぎわひをいとなみ苦勞めさるゝうちに、紙の上にて學問めされたる儘にて、陣かずの功なかりしかども、時にあひてのち陣始めより勝利を得て、末代に手本とするに比類なき名大將なり、唐土の名大將は皆かくの如し、日本にても源義經公は、幼少のとき鞍馬にて軍法を學び給ひたる儘にて、陣かずの功なけれども、木曾殿又は平家の一族と度々の合戰皆勝利を得、日本にての比類なき名大將なり、此の如くなる倭漢のふるきためしをよくよく考へて、誠の道理を明むべし、

新字:大唐の名大将は数ふるにいとまなき程多けれども、普く人の知りてとり沙汰するは太公望、張良、韓信、項羽、諸葛孔明などなり、此五人の衆みな若き時仕合あしく、いやしきすぎわひをいとなみ苦労めさるゝうちに、紙の上にて学問めされたる儘にて、陣かずの功なかりしかども、時にあひてのち陣始めより勝利を得て、末代に手本とするに比類なき名大将なり、唐土の名大将は皆かくの如し、日本にても源義経公は、幼少のとき鞍馬にて軍法を学び給ひたる儘にて、陣かずの功なけれども、木曽殿又は平家の一族と度々の合戦皆勝利を得、日本にての比類なき名大将なり、此の如くなる倭漢のふるきためしをよくよく考へて、誠の道理を明むべし、

書き下し

大唐の名大将は数ふるにいとまなき程多けれども、普く人の知りてとり沙汰するは太公望、張良、韓信、項羽、諸葛孔明などなり、此五人の衆みな若き時仕合あしく、いやしきすぎわひをいとなみ苦労めさるゝうちに、紙の上にて学問めされたる儘にて、陣かずの功なかりしかども、時にあひてのち陣始めより勝利を得て、末代に手本とするに比類なき名大将なり、唐土の名大将は皆かくの如し、日本にても源義経公は、幼少のとき鞍馬にて軍法を学び給ひたる儘にて、陣かずの功なけれども、木曽殿又は平家の一族と度々の合戦皆勝利を得、日本にての比類なき名大将なり、此の如くなる倭漢のふるきためしをよくよく考へて、誠の道理を明むべし、

現代語訳

大唐の名大将は数えきれないほど多いが、広く人が知って取り沙汰するのは太公望・張良・韓信・項羽・諸葛孔明などである。この五人の衆はみな若い時は仕合わせが悪く、卑しい生業を営み苦労なさるうちに、紙の上で学問なさったままで、陣数の功はなかったけれども、時に会ってからは陣の始めから勝利を得て、末代に手本とする比類ない名大将である。唐土の名大将はみなこのとおりである。日本でも源義経公は、幼少の時に鞍馬で軍法を学ばれたままで、陣数の功はなかったけれども、木曾殿や平家の一族と度々合戦してみな勝利を得、日本で比類ない名大将である。このような和漢の古い例をよくよく考えて、まことの道理を明らかにするがよい。

解説

藤樹は歴史上の名将を証拠に挙げる。太公望・張良・韓信・項羽・諸葛孔明は、若い頃は不遇で卑しい仕事をしながら書物で兵法を学び、実戦経験のないまま時を得て、初陣から勝ち続けた。日本の源義経も鞍馬で軍法を学んだだけで、木曾義仲や平家に連戦連勝したという。経験がなくとも、深く学んで準備した者は機会が来たときに力を発揮できる。今は不遇でも、学びを積んでおくことは決して無駄にならない。藤樹自身、脱藩して小川村に帰り、学問に打ち込んで近江聖人と仰がれるに至った。

この章句が説くこと

学問名将準備軍法源義経不遇

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