翁問答 / 下卷之本
體充問曰、紙の上にて軍をならひたる分にては、鞍懸のけいことやらん用にたち申まじく候、たゞ再々軍になれたる功者にましたる事はあるまじきと存候、いかゞ。師の曰、それもかたむきなる評判にて候、もとより變通の機轉なく、法になづむものは、學びても習はぬ人におなじかるべし、學びてさへぶてぎはならば、習はぬ時はなをもつてなるべし、たとへば手習をするが如し、十人に九人までは手習して文のよみかき自由にせざるはなし、あいだに一人無器用にて無達者なるあり、その如く軍法を習に、手すじよく極意を學びたる師匠によくまなびて得心熟し手に入るならば、十人に九人は軍のまはし達者なるべし、しかるに其器にあたらぬものは、習ても益なかるべし、九人をすて一人を證據とする評判者は、即ち習ても益なき人と一對の人なり、軍法を習ずしても本心の武德感通して暗にしあつる人あり、まして其上に軍法を學び、用武の神妙を得心あらば、鬼にかなさいぼうといへる諺の如し、
新字:体充問曰、紙の上にて軍をならひたる分にては、鞍懸のけいことやらん用にたち申まじく候、たゞ再々軍になれたる功者にましたる事はあるまじきと存候、いかゞ。師の曰、それもかたむきなる評判にて候、もとより変通の機転なく、法になづむものは、学びても習はぬ人におなじかるべし、学びてさへぶてぎはならば、習はぬ時はなをもつてなるべし、たとへば手習をするが如し、十人に九人までは手習して文のよみかき自由にせざるはなし、あいだに一人無器用にて無達者なるあり、その如く軍法を習に、手すじよく極意を学びたる師匠によくまなびて得心熟し手に入るならば、十人に九人は軍のまはし達者なるべし、しかるに其器にあたらぬものは、習ても益なかるべし、九人をすて一人を証拠とする評判者は、即ち習ても益なき人と一対の人なり、軍法を習ずしても本心の武徳感通して暗にしあつる人あり、まして其上に軍法を学び、用武の神妙を得心あらば、鬼にかなさいぼうといへる諺の如し、
書き下し
体充問曰、紙の上にて軍をならひたる分にては、鞍懸のけいことやらん用にたち申まじく候、たゞ再々軍になれたる功者にましたる事はあるまじきと存候、いかゞ。師の曰、それもかたむきなる評判にて候、もとより変通の機転なく、法になづむものは、学びても習はぬ人におなじかるべし、学びてさへぶてぎはならば、習はぬ時はなをもつてなるべし、たとへば手習をするが如し、十人に九人までは手習して文のよみかき自由にせざるはなし、あいだに一人無器用にて無達者なるあり、その如く軍法を習に、手すじよく極意を学びたる師匠によくまなびて得心熟し手に入るならば、十人に九人は軍のまはし達者なるべし、しかるに其器にあたらぬものは、習ても益なかるべし、九人をすて一人を証拠とする評判者は、即ち習ても益なき人と一対の人なり、軍法を習ずしても本心の武徳感通して暗にしあつる人あり、まして其上に軍法を学び、用武の神妙を得心あらば、鬼にかなさいぼうといへる諺の如し、
現代語訳
體充が問う。「紙の上で軍を習っただけでは、鞍掛けの稽古とやらで、役に立つまい。ただ何度も実戦に慣れた功者にまさることはあるまいと思うが、どうか」。師が答える。「それも偏った評判である。もとより変通の機転がなく、法になずむ者は、学んでも習わない人と同じであろう。学んでさえ不手際ならば、習わない時はなおさらであろう。たとえば手習いをするようなものだ。十人のうち九人までは、手習いをして文の読み書きが自由にならない者はない。間に一人、無器用で上達しない者がいる。それと同じく軍法を習うにも、筋のよい極意を学んだ師匠によく学び、納得が熟して身につくならば、十人に九人は軍の運びが達者になるであろう。しかしその器に当たらない者は、習っても益がないであろう。九人を捨てて一人を証拠とする評判者は、すなわち習っても益のない人と同類の人である。軍法を習わずとも、本心の武徳が感通して、知らず知らずうまくやりおおせる人もいる。ましてその上に軍法を学び、武を用いる神妙を納得したならば、鬼に金棒という諺のとおりである」。
解説
この章句が説くこと
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