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養生訓 / 巻第六・択医

一俗醫は醫學をきらひてせず。近代名醫の作れる和字の醫書を見て、藥方を四五十つかひ覺ゆれば、醫道をば知らざれども、病人に馴れて、尋常の病を治する事、醫書を讀んで病になれざる者にまされり。たとへば稊稗の熟したるは、五穀の熟せざるにまされるが如し。されど醫學なき草醫は、やゝもすれば、虛實寒熱を取りちがへ、實々虛虛のあやまり、目に見えぬわざはひ多し。寒に似たる熱症あり、熱に似たる寒症あり。虛に似たる實症あり、實に似たる虛症あり。內傷外感、甚相似たり。如此まぎらはしき病多し。根ふかく見知りがたきむづかしき病、又つねならざる珍しき病あり。かやうの病を治する事は、ことさら成りがたし。

新字:一俗医は医学をきらひてせず。近代名医の作れる和字の医書を見て、薬方を四五十つかひ覚ゆれば、医道をば知らざれども、病人に馴れて、尋常の病を治する事、医書を読んで病になれざる者にまされり。たとへば稊稗の熟したるは、五穀の熟せざるにまされるが如し。されど医学なき草医は、やゝもすれば、虚実寒熱を取りちがへ、実々虚虚のあやまり、目に見えぬわざはひ多し。寒に似たる熱症あり、熱に似たる寒症あり。虚に似たる実症あり、実に似たる虚症あり。内傷外感、甚相似たり。如此まぎらはしき病多し。根ふかく見知りがたきむづかしき病、又つねならざる珍しき病あり。かやうの病を治する事は、ことさら成りがたし。

書き下し

一俗医は医学をきらひてせず。近代名医の作れる和字の医書を見て、薬方を四五十つかひ覚ゆれば、医道をば知らざれども、病人に馴れて、尋常の病を治する事、医書を読んで病になれざる者にまされり。たとへば稊稗の熟したるは、五穀の熟せざるにまされるが如し。されど医学なき草医は、ややもすれば、虚実寒熱を取りちがへ、実々虚虚のあやまり、目に見えぬわざはひ多し。寒に似たる熱症あり、熱に似たる寒症あり。虚に似たる実症あり、実に似たる虚症あり。内傷外感、甚相似たり。如此まぎらはしき病多し。根ふかく見知りがたきむづかしき病、又つねならざる珍しき病あり。かやうの病を治する事は、ことさら成りがたし。

現代語訳

俗な医者は医学を嫌ってしません。近代の名医の作った仮名書きの医書を見て、処方を四、五十使い覚えれば、医道は知らなくても、病人に慣れて、ふつうの病を治すことは、医書を読んでも病人に慣れない者よりまさっています。たとえば、ひえが実ったのは、五穀が実らないのにまさるようなものです。けれども医学のない草医は、ややもすれば虚実寒熱を取り違え、実証をさらに実にし虚証をさらに虚にする誤りをおかし、目に見えない災いが多いのです。寒に似た熱の症があり、熱に似た寒の症があります。虚に似た実の症があり、実に似た虚の症があります。内傷と外感もたいへんよく似ています。このようにまぎらわしい病が多いのです。根が深く見分けにくいむずかしい病や、ふつうでない珍しい病もあります。このような病を治すことは、とりわけ成しがたいものです。

解説

経験だけに頼る草医の長所と限界を公平に論じた単位です。処方を四五十覚えて病人に慣れた者は、書物だけで経験のない者より普通の病はよく治せると、経験の価値をまず認めています。ひえが実るのは五穀が実らないのにまさるというたとえが巧みです。しかし、寒熱虚実のまぎらわしい病や珍しい病になると、学問のない者は見分けを誤り、目に見えない害を生むと指摘しています。経験と理論の両方が必要だという主張は、今の専門職の育成にもそのまま通じます。

この章句が説くこと

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