養生訓 / 巻第六・択医
一士庶人の子弟、いとけなき者、醫となるべき才あらば、早く儒書をよみ、其力を以て、醫書に通じ、明師にしたがひ、十年の功を用ひて、內經、本草以下、歷代の明醫の書をよみ學問し、やうやく醫道に通じ、又十年の功を用ひて、病者に對して、病症を久しく歴見して習熟し、近代の日本の先輩の名醫の療術をも考へ知り、病人に久しくなれて、時變を知り、日本の風土にかなひ、其術ますます精くなり、醫學と病功と、前後凡二十年の久しきをつみなば、必ず良醫となり、病を治する事驗ありて、人をすくふ事多からん。然らば、おのづから名もたかくなりて、高家大人の招請あり。士庶人の敬信もあつくば、財祿を得る事多くして、一生の受用ゆたかなるべし。
新字:一士庶人の子弟、いとけなき者、医となるべき才あらば、早く儒書をよみ、其力を以て、医書に通じ、明師にしたがひ、十年の功を用ひて、内経、本草以下、歴代の明医の書をよみ学問し、やうやく医道に通じ、又十年の功を用ひて、病者に対して、病症を久しく歴見して習熟し、近代の日本の先輩の名医の療術をも考へ知り、病人に久しくなれて、時変を知り、日本の風土にかなひ、其術ますます精くなり、医学と病功と、前後凡二十年の久しきをつみなば、必ず良医となり、病を治する事験ありて、人をすくふ事多からん。然らば、おのづから名もたかくなりて、高家大人の招請あり。士庶人の敬信もあつくば、財禄を得る事多くして、一生の受用ゆたかなるべし。
書き下し
一士庶人の子弟、いとけなき者、医となるべき才あらば、早く儒書をよみ、其力を以て、医書に通じ、明師にしたがひ、十年の功を用ひて、内経、本草以下、歴代の明医の書をよみ学問し、やうやく医道に通じ、又十年の功を用ひて、病者に対して、病症を久しく歴見して習熟し、近代の日本の先輩の名医の療術をも考へ知り、病人に久しくなれて、時変を知り、日本の風土にかなひ、其術ますます精くなり、医学と病功と、前後凡二十年の久しきをつみなば、必ず良医となり、病を治する事験ありて、人をすくふ事多からん。然らば、おのづから名もたかくなりて、高家大人の招請あり。士庶人の敬信もあつくば、財禄を得る事多くして、一生の受用ゆたかなるべし。
現代語訳
武士や庶民の子弟で、幼い者に医者となる才があれば、早く儒書を読み、その力で医書に通じ、すぐれた師に従って十年の努力をして、『内経』『本草』以下、歴代の名医の書を読んで学問し、しだいに医道に通じ、また十年の努力をして、病人に向き合い、病状を長く見て習熟し、近代の日本の先輩の名医の治療法も考え知り、病人に長く慣れて時の変化を知り、日本の風土にかない、その術がますます精しくなり、医学と治療の経験と、前後およそ二十年の長い年月を積めば、必ず良医となり、病を治すことに効き目があって、人を救うことが多いでしょう。そうなれば自然と名も高くなって、高貴な家から招かれます。武士や庶民の敬い信じる心も厚ければ、財や禄を得ることが多くなって、一生の暮らしは豊かになるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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『養生訓』巻第六・択医一俗医は医学をきらひてせず。近代名医の作れる和字の医書を見て、薬方を四五十つかひ覚ゆれば、医道をば知らざれども、病人に馴れて、尋常の病を治する事、医書を読んで病になれざる者にまされり。たとへば稊稗の熟したるは、五穀の熟せざるにまされるが如し。されど医学なき草医は、ややもすれば、虚実寒熱を取りちがへ、実々虚虚のあやまり、目に見えぬわざはひ多し。寒に似たる熱症あり、熱に似たる寒症あり。虚に似たる実症あり、実に似たる虚症あり。内傷外感、甚相似たり。如此まぎらはしき病多し。根ふかく見知りがたきむづかしき病、又つねならざる珍しき病あり。かやうの病を治する事は、ことさら成りがたし。
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『翁問答』下卷之本体充問曰、紙の上にて軍をならひたる分にては、鞍懸のけいことやらん用にたち申まじく候、たゞ再々軍になれたる功者にましたる事はあるまじきと存候、いかゞ。師の曰、それもかたむきなる評判にて候、もとより変通の機転なく、法になづむものは、学びても習はぬ人におなじかるべし、学びてさへぶてぎはならば、習はぬ時はなをもつてなるべし、たとへば手習をするが如し、十人に九人までは手習して文のよみかき自由にせざるはなし、あいだに一人無器用にて無達者なるあり、その如く軍法を習に、手すじよく極意を学びたる師匠によくまなびて得心熟し手に入るならば、十人に九人は軍のまはし達者なるべし、しかるに其器にあたらぬものは、習ても益なかるべし、九人をすて一人を証拠とする評判者は、即ち習ても益なき人と一対の人なり、軍法を習ずしても本心の武徳感通して暗にしあつる人あり、まして其上に軍法を学び、用武の神妙を得心あらば、鬼にかなさいぼうといへる諺の如し、
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言志四録・言志録 第百九十九条 心の智愚は学びて変ずべし人の受くる所の気、其の厚薄の分数は、大抵相若く。躯の大小、寿の脩短、力の強弱、心の智愚の如き、大いに相遠き者無し。其の間一処の受くること厚き者有れば、皆之を非常と謂ふ。非常は則ち姑く之を置く。常人の如きに就きては、躯と寿と力との分数は、之を奈何ともすべからず。独り心の智愚に至りては、学びて之を変化すべし。故に博く学び、審かに問ひ、慎みて思ひ、明らかに弁じ、篤く行ふ。人一たび十たびすれば、己は之を百たび千たびす。果たして此の道を能くせば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。以て漸く非常の域に進むべし。蓋し此の理有り。但だ常人は多く遊惰にして然ること能はず。豈に亦天に算籌有るか。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一文学をつとむるも、亦同じ。日々につとめてやまざれば、文学日々にすすむ。数年の後は、経伝の義理に通じて、楽となる。十年の功は、甚大なり、文学半ば成就す。一万の事、はじめに苦労せずして怠れば、後に功ならずして、楽なし。たとへばあつき灸をこらへ、苦き薬をのめば、後に無病の人となるが如し。学問において、尤此しるしあり。わかき時辛労する人は、老いて後楽多し。
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言志四録・言志録 第五十八条 実際の学問山嶽に登り、川海を渉り、数十百里を走り、時有りてか露宿して寐ねず、時有りてか饑ゑて食はず、寒くして衣ず。此れは是れ多少の実際の学問なり。夫の徒爾に明窓浄几、香を焚きて書を読む者の若きは、恐らくは力を得る処少なからん。
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『幽夢影』巻上・隙中に月を窺ふが如し少年の讀書は、隙中に月を窺ふが如し。中年の讀書は、庭中に月を望むが如し。老年の讀書は、臺上に月を玩ぶが如し。皆閲歷の淺深を以て、得る所の淺深と爲すのみ。
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