翁問答 / 下卷之本
十三經を皆學び候はねばならぬと思へば、退屈して反ておこたるものなりまた三書のほかはいらぬものなりと思へば、せばくかたづまりて、明德活潑々地の妙用かえつて枯滯のわづらひあるものなり、たゞ三書をまなこと定め、其餘の書は面々の力次第に學ぶと得心して、いかにも志を堅く立心學をわが所作と思ひ定め、忠信を主とし行住坐臥の時に習ひそのしるしを求め、いそがず心もちをひろくゆるやかにして懈怠なければ、必ずさとりを開くべし、そのおそきと早きは生れつきの明暗、習の淺深によるべし。
新字:十三経を皆学び候はねばならぬと思へば、退屈して反ておこたるものなりまた三書のほかはいらぬものなりと思へば、せばくかたづまりて、明徳活溌々地の妙用かえつて枯滞のわづらひあるものなり、たゞ三書をまなこと定め、其余の書は面々の力次第に学ぶと得心して、いかにも志を堅く立心学をわが所作と思ひ定め、忠信を主とし行住坐臥の時に習ひそのしるしを求め、いそがず心もちをひろくゆるやかにして懈怠なければ、必ずさとりを開くべし、そのおそきと早きは生れつきの明暗、習の浅深によるべし。
書き下し
十三経を皆学び候はねばならぬと思へば、退屈して反ておこたるものなりまた三書のほかはいらぬものなりと思へば、せばくかたづまりて、明徳活溌々地の妙用かえつて枯滞のわづらひあるものなり、たゞ三書をまなこと定め、其余の書は面々の力次第に学ぶと得心して、いかにも志を堅く立心学をわが所作と思ひ定め、忠信を主とし行住坐臥の時に習ひそのしるしを求め、いそがず心もちをひろくゆるやかにして懈怠なければ、必ずさとりを開くべし、そのおそきと早きは生れつきの明暗、習の浅深によるべし。
現代語訳
十三経をみな学ばなければならないと思えば、退屈してかえって怠るものである。また三書のほかは要らないものだと思えば、狭く片寄って固まり、明徳の活発な妙用がかえって枯れ滞るわずらいがある。ただ三書を眼目と定め、そのほかの書はめいめいの力次第に学ぶと納得して、なんとしても志を堅く立て、心学を自分のなすべき所作と思い定め、忠信を主として、行住坐臥の時に習ってその効験を求め、急がず心持ちを広くゆるやかにして怠らなければ、必ず悟りを開くであろう。その遅い早いは、生まれつきの明暗と習いの深浅によるのである」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之一学を為すの道は、仁を為すを以て本と為し、忠信を以て主と為し、孝弟を以て先と為し、博文約礼を以て勤めと為し、君子為るを以て志と為す。是れ孔門人を教ふるの規模なり。仁なる者は何ぞや。是れ善を為すの総称、慈愛の理なり。孟子、放心を求むるを以て学問の道と為す。放心を求むる者は、乃ち仁を求むるなり。
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『慎思録』巻之六吾が夫子は文行忠信を以て教へと為し、且つ屢忠信を主とすることを言ふ。蓋し学問の道は、文を学びて以て道を明らかにし、力行して以て善を為し、忠信を主として以て誠を立つ。此の三者、一を闕くべからず。蓋し文行に非ずば、則ち理を窮め善を為すこと能はず。忠信に非ずば、則ち文行も亦進益を得ず、皆虚妄なるのみ。蓋し人道は只忠信に在り。忠信ならずば徳を立つるの基無し。故に易に曰く、忠信は徳に進む所以なりと。郷里の常人と雖も、苟も忠信無くば、則ち世に立つべからず。況んや君子の道をや。此の故に君子は之を誠にするを貴しと為す。
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『囲炉夜話』第百五十四則・生資の高きは忠信に在り生資の高きは忠信に在り、機巧に關はるに非ず。學業の美は德行に於いてし、僅かに文章のみならず。
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『翁問答』下卷之本次第に書物多くなりて、孔子の時には六経みな備はりたり、孔門の教へ文と行と忠と信との四なり、文は六経の文なり、行は性にしたがふ道の行ひなり、忠信は自満の心根をたちすてゝ誠の道を求め、明徳を明にする工夫なり、此四に本末衡鑑の差別あり、忠信は根本なり行は幹梢なり、文は忠信と行との鑑なり、六経の文をよみその本意を講明してかゞみと定め、根本幹梢の工夫をよくつとめて、明徳の宝珠をみがくものなり、聖人のましまして直におしへ給ふにさへ、かくの如し、まして末代聖賢のましまさぬ時に、鑑とさだむる聖経賢伝をすてゝ講ぜず、暗く迷ひたる心まかせて学問したるが、よきなといへるは、灯をすてゝ暗室に物をたずぬる如し。
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『童子問』卷上問ふ、忠信は固より美徳たり。然れども信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊なり。則ち又未だ必ずしも蔽無からず。曰く、然り。語に曰く、「信、義に近ければ、言復むべし」と。孟子曰く、「大人は、言必ずしも信ならず、行ひ必ずしも果ならず、唯義の在る所のままにす」と。蓋し徒に信を好みて義に合はざれば、必ず道を害す。然れども十分に通徹し、必ず忠に必ず信にして、而る後に以て此の言を為すべし。若し内に忠信を尽くさず、少しの疎漏有れば、則ち先づ義を併せて之を失ふ。何の学問か之有らん。蓋し物に接するの間、欺かず詐らず、十分真実にして、堅く執りて回らざる、忠信の謂なり。千変万化、機に臨みて宜しきを制し、取捨失はざる、義の功なり。忠信は万事の根本、義は学問の大用なり。故に学者は当に忠信を以て基と為して、義以て之を制すべし。故に曰く、「忠信を主とし義に従ふは、徳を崇くするなり」と。夫子も亦嘗て曰く、「十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘の学を好むに如かざるなり」と。忠信は固より美徳たり、然れども学びて以て之を成さざれば、則ち善と為すに足らざるを言ふなり。此れ亦学者の当に慮りを弾くすべき所なり。
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『童子問』卷上問ふ、先生屢々道の易知易行を明らかにす。然るに今儒を業とする者、皆其の入り難きに苦しむは、何ぞや。曰く、人の学問に於ける、之を視て以て一種至貴至高、流俗に出で、人情に遠き、甚だ高くして行ひ難きの事と為す。此れ其の人を苦難せしむる所以なり。夫れ聖人の教へを設くるや、人に因りて以て教へを立て、教へを立てて以て人を駆らず。造作する所無く、添飾する所無く、人心の同じく然る所に出でて、強ふる所有るに非ざるなり。夫の孝弟忠信の人の若きは、天下皆以て善と為し、皆以て美と為して、敢へて議する者無し。此れ即ち是れ学なり。此の外に更に所謂学問なる者無きなり。村畝の野夫、商販奴隷の賤も、或いは孝友廉直天性に出でて、士人の及ばざる所の者有り。或いは学問に由らずして、信義遜譲、澹泊自ら治め、慷慨義に赴く者、亦往往之有り。此れ反つて是れ学問の基本なり。所謂学問とは、此を充たすのみ。
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