囲炉夜話 / 第百五十四則・生資の高きは忠信に在り
生資之高在忠信,非關機巧。學業之美於德行,不僅文章。
新字:生資之高在忠信,非関機巧。学業之美於徳行,不僅文章。
書き下し
生資の高きは忠信に在り、機巧に關はるに非ず。學業の美は德行に於いてし、僅かに文章のみならず。
現代語訳
生まれつきの資質が高いかどうかは、誠実で信義があるかにかかっていて、機転や小才とは関係ありません。学業の立派さは徳のある行いに表れるもので、文章がうまいことだけではありません。
解説
才能と学問の評価を、表の技から内の徳へと移す対句です。生資とは生まれ持った素質のことです。普通は頭の回転や器用さを素質の高さと見ますが、この句は忠信、つまり真心と約束を守る誠実さこそが高い素質だと言い切ります。下の句も同じ構えで、学問の成果は立派な文章ではなく、行いに現れる徳で測るべきだとします。上の句が生まれつき、下の句が後の努力を扱い、どちらも見かけの巧みさを退けています。人を採用したり評価したりするとき、器用さより誠実さを先に見る、という物差しとして今も使える句です。
この章句が説くこと
忠信徳行学問誠実修身
関連する章句
-
『囲炉夜話』第九十七則・君子は心を存するに但だ忠信に憑る君子は心を存するに但だ忠信に憑る、而して婦孺皆之を敬すること神の如し、所以に君子は落ちて君子たるを得。 小人は世に處するに盡く機關を設く、而して鄉黨皆之を避くること鬼の若し、所以に小人は枉げて小人と做り了んぬ。
-
論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
-
孔子家語・儒行解儒に金玉を宝とせずして、忠信を以て宝と為し、土地を祈らずして、仁義を以て土地と為し、多積を求めずして、多文を以て富と為す有り。得難くして禄し易く、禄し易くして畜い難し。時に非ざれば見えず、亦た難得ならずや。義に非ざれば合わず、亦た難畜ならずや。労を先にして禄を後にす、亦た易禄ならずや。其の人情に近きこと此くの如き者有り。儒に之に委ぬるに財貨を以てして貪らず、之を淹すに楽好を以てして淫せず、之を劫すに衆を以てして懼れず、之を阻むに兵を以てして懾れず、利を見て其の義を虧かず、死を見て其の守りを更めず、鷙虫の攫搏も其の勇を程らず、重鼎を引くも其の力を程らず、往く者を悔いず、来る者を予めせず、過言再びせず、流言極めず、其の威を断たず、其の謀を習わず有り。其の特立すること此くの如き者有り。
-
説苑・雜言孔子、呂梁を観る。懸水四十仞、環流九十里、魚鱉過ぐる能わず、黿鼉敢えて居らず。一丈夫有り、方に将に之を渉らんとす。孔子人をして崖に並びて之を止めしめて曰く、「此の懸水四十仞、圜流九十里、魚鱉敢えて過ぎず、黿鼉敢えて居らず、意うに済り難からんか」と。丈夫意に錯かず、遂に渡りて出づ。孔子問う、「子巧みなるか。且つ道術有るか。能く入りて出づる所以は何ぞや」と。丈夫曰く、「始め吾入るや、先ず忠信を以てす。吾の出づるや、又従うに忠信を以てす。忠信吾が軀を波流に錯くも、吾敢えて私を用いず。吾の能く入りて復た出づる所以なり」と。孔子弟子に謂いて曰く、「水すら尚お忠信を以てす可し、義久しくして身之に親しめば、況んや人に於いてをや」と。
-
論語・衛霊公篇子張、行を問う。子曰く、「言忠信、行篤敬なれば、蛮貊の邦と雖も行われん。言忠信ならず、行篤敬ならずんば、州里と雖も行われんや。立てば、則ち其の前に参するを見るなり。輿に在れば、則ち其の衡に倚るを見るなり。夫れ然る後に行われん。」子張、諸を紳に書す。
-
論語・子罕篇子曰く、忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること毋かれ。過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。