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翁問答 / 下卷之本

體充曰、上天子より下庶人にいたるまで、皆學問なさでかなはぬと承り候、愚痴不肖の賤の男賤の女の書をよみ申ことのならざるものはいかゞ。師の曰、むかし聖人の御代には閭巷とて家二十五間ある小里にも學校ありて、其里の奉行代官すなはち師匠となりて、耕作のひまに書物を講じ道をおしゆるによつて、愚痴不肖のしづの男しづの女にいたるまで、書物の本意をよく得心するなり、文字をまなこにみ知る事はならざれども、心に書物の本意を合點し身のおこない心もちの鏡となすことは中々今時の俗儒の及ばぬ所なり、

新字:体充曰、上天子より下庶人にいたるまで、皆学問なさでかなはぬと承り候、愚痴不肖の賤の男賤の女の書をよみ申ことのならざるものはいかゞ。師の曰、むかし聖人の御代には閭巷とて家二十五間ある小里にも学校ありて、其里の奉行代官すなはち師匠となりて、耕作のひまに書物を講じ道をおしゆるによつて、愚痴不肖のしづの男しづの女にいたるまで、書物の本意をよく得心するなり、文字をまなこにみ知る事はならざれども、心に書物の本意を合点し身のおこない心もちの鏡となすことは中々今時の俗儒の及ばぬ所なり、

書き下し

体充曰、上天子より下庶人にいたるまで、皆学問なさでかなはぬと承り候、愚痴不肖の賤の男賤の女の書をよみ申ことのならざるものはいかゞ。師の曰、むかし聖人の御代には閭巷とて家二十五間ある小里にも学校ありて、其里の奉行代官すなはち師匠となりて、耕作のひまに書物を講じ道をおしゆるによつて、愚痴不肖のしづの男しづの女にいたるまで、書物の本意をよく得心するなり、文字をまなこにみ知る事はならざれども、心に書物の本意を合点し身のおこない心もちの鏡となすことは中々今時の俗儒の及ばぬ所なり、

現代語訳

體充が言う。「上は天子から下は庶民に至るまで、皆が学問をしなければならないと聞いたが、愚かな者や身分の低い男女で、書物を読むことのできない者はどうすればよいか」。師が答える。「昔、聖人の御代には閭巷といって家が二十五軒ある小さな里にも学校があり、その里の奉行や代官がそのまま師匠となって、耕作のひまに書物を講じ道を教えたので、愚かな者や身分の低い男女に至るまで、書物の本意をよく納得していた。文字を目で見て知ることはできなくても、心に書物の本意を合点して、身の行いや心持ちの鏡とすることにおいては、なかなか今時の俗儒の及ぶところではない」。

解説

学問は万人のものだと聞いた體充は、字の読めない人はどうするのかと問う。藤樹は古代の閭巷の学校を例に、村の役人が師となって農閑期に書物を講じたので、庶民も書物の本意をよく理解していたと語る。大切なのは文字を読む力ではなく、書物の心を自分の生き方の鏡とすることであり、それができる庶民は今の俗儒に勝るという。藤樹は小川村で身分を問わず村人に道を説いた。学歴や知識量ではなく、学んだことを日々の行いに映せるかが人の値打ちを決めるという視点は今も新しい。

この章句が説くこと

学問読書庶民心教育鏡

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