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翁問答 / 序

志學の年より、心に守り身に行べき、道理を求め得まく思ひ立て、禪門敎門の釋敎を、年經て學ふと雖、其言詖遁にして其道偏僻なり、其法亦人倫日用の受用に便りあらざる故に儒門に入て四書五經の眞敎を受て、切磋琢磨を勵ませ共、三隅を反せざる程の下愚なれば、開悟の自得難及、既に道に立可き年をも空しく打過ぬ、愚者の誤る習ひなれば性の拙き事を忘て、却て師範の其人に非ざるかと疑ひ、明哲の先學もがなと寤寐に忘れず、

新字:志学の年より、心に守り身に行べき、道理を求め得まく思ひ立て、禅門教門の釈教を、年経て学ふと雖、其言詖遁にして其道偏僻なり、其法亦人倫日用の受用に便りあらざる故に儒門に入て四書五経の真教を受て、切磋琢磨を励ませ共、三隅を反せざる程の下愚なれば、開悟の自得難及、既に道に立可き年をも空しく打過ぬ、愚者の誤る習ひなれば性の拙き事を忘て、却て師範の其人に非ざるかと疑ひ、明哲の先学もがなと寤寐に忘れず、

書き下し

志学の年より、心に守り身に行べき、道理を求め得まく思ひ立て、禅門教門の釈教を、年経て学ふと雖、其言詖遁にして其道偏僻なり、其法亦人倫日用の受用に便りあらざる故に儒門に入て四書五経の真教を受て、切磋琢磨を励ませ共、三隅を反せざる程の下愚なれば、開悟の自得難及、既に道に立可き年をも空しく打過ぬ、愚者の誤る習ひなれば性の拙き事を忘て、却て師範の其人に非ざるかと疑ひ、明哲の先学もがなと寤寐に忘れず、

現代語訳

学問に志す年頃から、心に守り身に行うべき道理を得たいと思い立ち、禅門や教門の仏教を年を重ねて学んだが、その言葉は偏ってはぐらかすようで、その道は片寄っており、その教えも人倫日用の実践には役立たなかった。そこで儒門に入って四書五経の真の教えを受け、切磋琢磨に励んだけれども、一隅を示されて三隅を返せないほどの愚か者なので、悟りを自ら得ることもできず、すでに道に立つべき年齢も空しく過ぎてしまった。愚者の陥りやすい習いで、自分の性質の拙さを忘れ、かえって師の方がふさわしい人ではないのではないかと疑い、聡明な先達がいないものかと寝ても覚めても忘れなかった。

解説

『翁問答』の序で、筆者は自分の学問遍歴を語る。禅や仏教の教えは日常の人間関係に役立たず、儒学に転じても自分の愚かさゆえに悟れなかったという告白である。「一隅を挙げて三隅を反さず」は『論語』述而篇の言葉で、教えを応用できない者のたとえである。藤樹は本書を天君と体充の問答を傍らで書き留めたという形で書いており、序の筆者も謙遜の構えをとる。うまくいかない原因を師のせいにしてしまう心の動きを率直に記している点が興味深い。学びが実を結ばないとき、まず自分の受け止め方を省みる姿勢は、今の仕事の学びにも通じるだろう。

この章句が説くこと

学問修養心翁問答序求道師

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