翁問答 / 下卷之本
心を明かにし身をおさむる思案工夫ある人は一文不通にても學問する人なりといふも、學問の本意をあきらかにし、贋の學問をしりぞけんための假說なり、もし眞實の格言なりと認て、氣習の汚れある心をもつて、心を明かにし身を治むる工夫をなして、聖學なりと心得なんは、千萬里のあやまりなり、心をたゞしうし身をおさめ、文武兼備のこゝろざしあらん士は、たとひ書物をよまずとも儒門の先學にしたがひ、本心の端的を明辨して、氣習のけがれを洗ひて、工夫のまなこを開くべし。
新字:心を明かにし身をおさむる思案工夫ある人は一文不通にても学問する人なりといふも、学問の本意をあきらかにし、贋の学問をしりぞけんための仮説なり、もし真実の格言なりと認て、気習の汚れある心をもつて、心を明かにし身を治むる工夫をなして、聖学なりと心得なんは、千万里のあやまりなり、心をたゞしうし身をおさめ、文武兼備のこゝろざしあらん士は、たとひ書物をよまずとも儒門の先学にしたがひ、本心の端的を明弁して、気習のけがれを洗ひて、工夫のまなこを開くべし。
書き下し
心を明かにし身をおさむる思案工夫ある人は一文不通にても学問する人なりといふも、学問の本意をあきらかにし、贋の学問をしりぞけんための仮説なり、もし真実の格言なりと認て、気習の汚れある心をもつて、心を明かにし身を治むる工夫をなして、聖学なりと心得なんは、千万里のあやまりなり、心をたゞしうし身をおさめ、文武兼備のこゝろざしあらん士は、たとひ書物をよまずとも儒門の先学にしたがひ、本心の端的を明弁して、気習のけがれを洗ひて、工夫のまなこを開くべし。
現代語訳
心を明らかにし身を治める思案工夫のある人は一文不通でも学問する人であるというのも、学問の本意を明らかにし、偽の学問を退けるための仮の説である。もしこれを真実の格言だと思い込んで、気質と習いに汚れた心のままで、心を明らかにし身を治める工夫をして、それを聖学だと心得るなら、千万里の誤りである。心を正しくし身を治め、文武兼備の志がある武士は、たとえ書物を読まなくても、儒門の先学に従い、本心の端的を明らかにわきまえて、気質と習いのけがれを洗い、工夫の眼を開くべきである。
解説
この章句が説くこと
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