翁問答 / 上卷之末
體充曰、愚痴不肖も惡人にあらずと仰せられ候は、信をとりかたくおはしまし候、左候はゞいかやうなるものを惡人とは申候はんや。師の曰、聖賢のごとくに智惠のあきらかならざるを愚痴とす、聖賢の如くに才能の達せざるを不肖とす、愚痴不肖といへども良知良能あり、その良知良能を失はざれば、愚痴不肖も善人の徒なり愚痴をそのまゝ惡人と云べきことはりなし、才あるも才なきも知あるも知なきも、形氣の邪欲におぼれ本心の良知をうしなふものを、おしなべて惡人とは云なれば、たとひ才智藝能すぐれたりとも、邪欲ふかくして良知くらきは惡人なり、孔子曰、如有周公之才之美使驕且吝其餘不足觀也已、此聖謨にてよく體認すべし、しかれども世俗は才智藝能だに達しぬれば、其心の邪正をば辨へずして君子とゆるし、才智藝能に拙なければ、小人とおとしめぬれば、愚不肖を惡人とおもへるあやまりも又むべなりとも云べきにや。
新字:体充曰、愚痴不肖も悪人にあらずと仰せられ候は、信をとりかたくおはしまし候、左候はゞいかやうなるものを悪人とは申候はんや。師の曰、聖賢のごとくに智恵のあきらかならざるを愚痴とす、聖賢の如くに才能の達せざるを不肖とす、愚痴不肖といへども良知良能あり、その良知良能を失はざれば、愚痴不肖も善人の徒なり愚痴をそのまゝ悪人と云べきことはりなし、才あるも才なきも知あるも知なきも、形気の邪欲におぼれ本心の良知をうしなふものを、おしなべて悪人とは云なれば、たとひ才智芸能すぐれたりとも、邪欲ふかくして良知くらきは悪人なり、孔子曰、如有周公之才之美使驕且吝其余不足観也已、此聖謨にてよく体認すべし、しかれども世俗は才智芸能だに達しぬれば、其心の邪正をば弁へずして君子とゆるし、才智芸能に拙なければ、小人とおとしめぬれば、愚不肖を悪人とおもへるあやまりも又むべなりとも云べきにや。
書き下し
体充曰、愚痴不肖も悪人にあらずと仰せられ候は、信をとりかたくおはしまし候、左候はゞいかやうなるものを悪人とは申候はんや。師の曰、聖賢のごとくに智恵のあきらかならざるを愚痴とす、聖賢の如くに才能の達せざるを不肖とす、愚痴不肖といへども良知良能あり、その良知良能を失はざれば、愚痴不肖も善人の徒なり愚痴をそのまゝ悪人と云べきことはりなし、才あるも才なきも知あるも知なきも、形気の邪欲におぼれ本心の良知をうしなふものを、おしなべて悪人とは云なれば、たとひ才智芸能すぐれたりとも、邪欲ふかくして良知くらきは悪人なり、孔子曰、如し周公の才の美有りとも、驕り且つ吝かならしめば、其の余は観るに足らざるのみ、此聖謨にてよく体認すべし、しかれども世俗は才智芸能だに達しぬれば、其心の邪正をば弁へずして君子とゆるし、才智芸能に拙なければ、小人とおとしめぬれば、愚不肖を悪人とおもへるあやまりも又むべなりとも云べきにや。
現代語訳
體充が言う。「愚かで才の乏しい者も悪人ではないと仰せられたのは、信じがたく思われます。それならば、どのような者を悪人と申すのでしょうか。」師は言う。「聖賢のように智恵が明らかでないのを愚痴とし、聖賢のように才能が達していないのを不肖とする。愚痴不肖であっても良知良能はある。その良知良能を失わなければ、愚痴不肖も善人の仲間である。愚痴をそのまま悪人と言うべき道理はない。才のある者もない者も、知のある者もない者も、形気の邪欲に溺れて本心の良知を失う者を、おしなべて悪人と言うのだから、たとえ才智や芸能が優れていても、邪欲が深くて良知の暗い者は悪人である。孔子は『たとえ周公ほどの才の美しさがあっても、驕って吝嗇であれば、その余は見るに足りない』と言われた。この聖人の教えでよく体認せよ。ところが世俗は、才智芸能さえ達していれば、その心の邪正をわきまえずに君子と認め、才智芸能に拙ければ小人と見下すので、愚かで不肖な者を悪人と思う誤りも、またもっともなことだと言うべきであろうか。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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