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翁問答 / 上卷之末

大覺悟の人は現世のことは申すに及ばず、生前死後のことはり、天地のほかの道理まで黑白のいろを分つ如く、あきらかに知り給ふ故に、孝悌忠信の神道を行ひたまふこと飢て食し渴してのむ如くにして、人のほむるをよろこばず、そしるをうれひず、富貴にも淫せず、貧賤にもたのしみ、わざわひもさけず、福をももとめず、死をもにくまず只ひたすらに仁義五常三才一貫の神道をおこなひたまふ事、水のひきゝへながれ盤針の南北をさすが如し、かくさとりたる大人は、天地と其德を合せ日月とその明をあはせ、鬼神とその吉凶をあはせて、至誠無息なり人間に生れて、盲目にてくらさんこと、最あさましくおしき事なるべし。

新字:大覚悟の人は現世のことは申すに及ばず、生前死後のことはり、天地のほかの道理まで黒白のいろを分つ如く、あきらかに知り給ふ故に、孝悌忠信の神道を行ひたまふこと飢て食し渇してのむ如くにして、人のほむるをよろこばず、そしるをうれひず、富貴にも淫せず、貧賤にもたのしみ、わざわひもさけず、福をももとめず、死をもにくまず只ひたすらに仁義五常三才一貫の神道をおこなひたまふ事、水のひきゝへながれ盤針の南北をさすが如し、かくさとりたる大人は、天地と其徳を合せ日月とその明をあはせ、鬼神とその吉凶をあはせて、至誠無息なり人間に生れて、盲目にてくらさんこと、最あさましくおしき事なるべし。

書き下し

大覚悟の人は現世のことは申すに及ばず、生前死後のことはり、天地のほかの道理まで黒白のいろを分つ如く、あきらかに知り給ふ故に、孝悌忠信の神道を行ひたまふこと飢て食し渇してのむ如くにして、人のほむるをよろこばず、そしるをうれひず、富貴にも淫せず、貧賤にもたのしみ、わざわひもさけず、福をももとめず、死をもにくまず只ひたすらに仁義五常三才一貫の神道をおこなひたまふ事、水のひきゝへながれ盤針の南北をさすが如し、かくさとりたる大人は、天地と其徳を合せ日月とその明をあはせ、鬼神とその吉凶をあはせて、至誠無息なり人間に生れて、盲目にてくらさんこと、最あさましくおしき事なるべし。

現代語訳

大いに悟った人は、現世のことは言うまでもなく、生前・死後の道理、天地の外の道理まで、黒白の色を分けるように明らかに知られるので、孝悌忠信の神道を行われることは、飢えて食べ渇いて飲むようであり、人がほめても喜ばず、そしっても憂えず、富貴にも溺れず、貧賤でも楽しみ、災いも避けず、福も求めず、死をも憎まず、ただひたすらに仁義五常・三才一貫の神道を行われることは、水が低きに流れ、羅針盤の針が南北を指すようである。このように悟った大人は、天地とその徳を合わせ、日月とその明るさを合わせ、鬼神とその吉凶を合わせて、至誠にして息むことがない。人間に生まれて、盲目のまま暮らすことは、まことにあさましく惜しいことであろう。

解説

悟った人は、孝悌忠信の道を行うことが、飢えて食べ渇いて飲むように自然になると藤樹は言う。ほめられても喜ばず、そしられても憂えず、貧しくても楽しみ、福を求めず死も憎まない。水が低きに流れ、羅針盤の針が南北を指すように、迷いなく道に向かうのである。「天地とその徳を合わせ」以下は『易経』乾卦の文言伝を踏まえた表現である。評価に一喜一憂しない落ち着きは、我慢ではなく、腹の底から道理が分かったところから生まれる。人間に生まれて心盲のまま終わるのは惜しいという結びを、自分への問いとして受け止めたい。

この章句が説くこと

悟り至誠孝悌五常天道修養

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