翁問答 / 上卷之末
かの盲目稀代の目くすしにあひ、療治して兩眼つねの如く見ひらきぬれば、今までうたがひありつる色かたち一々見あきらめて、兎角のうたがひをたつべきところなし、そのごとく心盲の凡夫も稀代の明師にあひ學問の功をつみて本心の眼ひらきぬれば今までうたがひまよひたる五常天道神道運命生死のことはり悉く見ひらきて、白晝に黑白をわかつ如くなるを悟りと名けたり、悟のことはり言語道斷凡夫のおよひがたき所なればまづ盲目の眼をひらきたる所にたとへて、よくよく體認すぺし、
新字:かの盲目稀代の目くすしにあひ、療治して両眼つねの如く見ひらきぬれば、今までうたがひありつる色かたち一々見あきらめて、兎角のうたがひをたつべきところなし、そのごとく心盲の凡夫も稀代の明師にあひ学問の功をつみて本心の眼ひらきぬれば今までうたがひまよひたる五常天道神道運命生死のことはり悉く見ひらきて、白昼に黒白をわかつ如くなるを悟りと名けたり、悟のことはり言語道断凡夫のおよひがたき所なればまづ盲目の眼をひらきたる所にたとへて、よくよく体認すぺし、
書き下し
かの盲目稀代の目くすしにあひ、療治して両眼つねの如く見ひらきぬれば、今までうたがひありつる色かたち一々見あきらめて、兎角のうたがひをたつべきところなし、そのごとく心盲の凡夫も稀代の明師にあひ学問の功をつみて本心の眼ひらきぬれば今までうたがひまよひたる五常天道神道運命生死のことはり悉く見ひらきて、白昼に黒白をわかつ如くなるを悟りと名けたり、悟のことはり言語道断凡夫のおよひがたき所なればまづ盲目の眼をひらきたる所にたとへて、よくよく体認すぺし、
現代語訳
あの盲目の人が稀な名医に会い、治療して両眼が普通のように見開けば、今まで疑っていた色や形を一つ一つ見明らめて、あれこれの疑いを立てるところがない。そのように、心盲の凡夫も稀な明師に会い、学問の功を積んで本心の眼が開けば、今まで疑い迷っていた五常・天道・神道・運命・生死の道理をことごとく見開いて、白昼に黒白を分けるようになる。これを悟りと名づけたのである。悟りの道理は言語道断で凡夫の及びがたいところであるから、まず盲目の眼が開いたところにたとえて、よくよく体認すべきである。
解説
この章句が説くこと
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