十善法語 / 巻第一・不殺生戒
此中初ニ人事ヲ全クシテ不殺生戒ヲ護持スル。人事カ全ケレハ自ラ天道アルコトヲ知ル。天道カ全ケレハ自ラ本性ニ達スル。生死相續緣起ノ趣ニ通達スル時節アルヘキシヤ。天地ノ天地タル所。大人ノ大人タル所ハ。生トシ生ル者ニ悉ク其所ヲ得セシムルニアル。萬物ヲ各各生育メ止マヌ處ニアル。佛出世ニモアレ。佛不出世ニモアレ。此道常ニ存在シテ。世間ニ住スルシヤ。支那國ニモ。大人君子ハ自ラ此心アルシヤ。左傳ニ。叔了軍タチシテ費ヲ圍ム。初敗軍ス。平子怒テ云。費人ヲ見ハ執ヘヨト。冶區夫云。然ラス。若費人ヲ見ハ。寒タル者ニハ衣ヲ與ヘ。飢タル者ニハ食ヲ與ヘヨト。平子コレニ從フ。一年ヲ經テ其功有タト云コトシヤ。
新字:此中初ニ人事ヲ全クシテ不殺生戒ヲ護持スル。人事カ全ケレハ自ラ天道アルコトヲ知ル。天道カ全ケレハ自ラ本性ニ達スル。生死相続縁起ノ趣ニ通達スル時節アルヘキシヤ。天地ノ天地タル所。大人ノ大人タル所ハ。生トシ生ル者ニ悉ク其所ヲ得セシムルニアル。万物ヲ各各生育メ止マヌ処ニアル。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此道常ニ存在シテ。世間ニ住スルシヤ。支那国ニモ。大人君子ハ自ラ此心アルシヤ。左伝ニ。叔了軍タチシテ費ヲ囲ム。初敗軍ス。平子怒テ云。費人ヲ見ハ執ヘヨト。冶区夫云。然ラス。若費人ヲ見ハ。寒タル者ニハ衣ヲ与ヘ。飢タル者ニハ食ヲ与ヘヨト。平子コレニ従フ。一年ヲ経テ其功有タト云コトシヤ。
書き下し
此中初ニ人事ヲ全クシテ不殺生戒ヲ護持スル。人事カ全ケレハ自ラ天道アルコトヲ知ル。天道カ全ケレハ自ラ本性ニ達スル。生死相続縁起ノ趣ニ通達スル時節アルヘキシヤ。天地ノ天地タル所。大人ノ大人タル所ハ。生トシ生ル者ニ悉ク其所ヲ得セシムルニアル。万物ヲ各各生育メ止マヌ処ニアル。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此道常ニ存在シテ。世間ニ住スルシヤ。支那国ニモ。大人君子ハ自ラ此心アルシヤ。左伝ニ。叔了軍タチシテ費ヲ囲ム。初敗軍ス。平子怒テ云。費人ヲ見ハ執ヘヨト。冶区夫云。然ラス。若費人ヲ見ハ。寒タル者ニハ衣ヲ与ヘ。飢タル者ニハ食ヲ与ヘヨト。平子コレニ従フ。一年ヲ経テ其功有タト云コトシヤ。
現代語訳
この中で、初めに人としての務めを全うして不殺生戒を護持する。人としての務めが全うされれば、自然に天の道があることを知る。天の道が全うされれば、自然に本性に達する。生死が相続する縁起の趣に通達する時節があるはずである。天地が天地である所以、大人が大人である所以は、生きとし生けるものにことごとくその所を得させることにある。万物をそれぞれ生育させてやまない所にある。仏が世に出られても、仏が世に出られなくても、この道は常に存在して世間に住するのである。中国にも、大人君子には自然にこの心があるのである。春秋左氏伝に、叔了(叔弓)が軍を率いて費の町を囲んだ。初めは敗軍した。平子(季平子)が怒って言った。「費の人を見たら捕らえよ」と。冶区夫が言った。「そうではありません。もし費の人を見たら、凍えている者には衣を与え、飢えている者には食を与えなさい」と。平子はこれに従った。一年を経てその功があったということである。
解説
この章句が説くこと
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論語・公冶長篇孟武伯問う、「子路は仁なりや。」子曰く、「知らざるなり。」又問う。子曰く、「由や、千乗の国、其の賦を治めしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「求や何如。」子曰く、「求や、千室の邑、百乗の家、之が宰たらしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「赤や何如。」子曰く、「赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」
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史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。
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