弁名 / 聖
周禮六德。曰智。曰聖。是岐聖人之德而二之。以爲君子德。葢人之性不同。故其智有能通政治之道者。命之曰智。有能通禮樂鬼神之道者。命之曰聖。故其所謂聖。亦非若聖人之德焉。曰唐虞九官。乃有九德。周六官。乃有六德。德以性殊。德成而官之。故虞周官制之異。其立德所以不同也。
新字:周礼六徳。曰智。曰聖。是岐聖人之徳而二之。以為君子徳。葢人之性不同。故其智有能通政治之道者。命之曰智。有能通礼楽鬼神之道者。命之曰聖。故其所謂聖。亦非若聖人之徳焉。曰唐虞九官。乃有九徳。周六官。乃有六徳。徳以性殊。徳成而官之。故虞周官制之異。其立徳所以不同也。
書き下し
周礼の六徳に、智と曰ひ、聖と曰ふ。是れ聖人の徳を岐ちて之を二つにし、以て君子の徳と為すなり。蓋し人の性は同じからず。故に其の智、能く政治の道に通ずる者有り、之に命じて智と曰ふ。能く礼楽鬼神の道に通ずる者有り、之に命じて聖と曰ふ。故に其の所謂聖も、亦た聖人の徳の若きに非ず。曰く、唐虞は九官にして乃ち九徳有り、周は六官にして乃ち六徳有り。徳は性を以て殊なり、徳成りて之を官にす。故に虞・周の官制の異なるは、其の徳を立つる所以の同じからざればなり。
現代語訳
『周礼』の六徳には「智」と「聖」が挙げられている。これは聖人の徳を二つに分けて、君子(為政者)の徳としたものである。思うに人の生まれつきは同じではない。だからその知恵が政治の道に通じる者がいれば、これを「智」と名づけ、礼楽や鬼神(祭祀)の道に通じる者がいれば、これを「聖」と名づけた。したがってここで言う「聖」は、聖人の徳と同じものではない。また、唐虞(堯・舜の世)には九つの官があったので九つの徳があり、周には六つの官があったので六つの徳があった。徳は生まれつきによって異なり、徳ができあがった者をその官に就けた。だから虞と周とで官制が異なるのは、徳を立てる基準が違っていたからである。
解説
この章句が説くこと
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『弁名』義古は未だ義を以て徳の名と為す者有らず。唯だ周礼の六徳に之有り。蓋し大司馬の材を以て之を言ふなり。大司馬は賞罰・黜陟・軍旅・田猟の事を掌る。而して賞罰黜陟は、義に当たるを以て貴しと為す。軍旅田猟は、皆当を急遽の際に取る。故に先王の義に熟し、変に応じて謬らざる者に非ずんば能はざるのみ。然れども是れ士君子の本業にして、凡そ仕ふる者皆然り。故に它書以て徳と為す者有ること莫きなり。義士と曰ひ、義人と曰ふが如きは、皆其の為す所の義に合ふを以て、遂に其の人を賛して言ふなり。皆一事を以て之を言ふ。其の実は以て徳の名と為すに非ざるなり。
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『弁名』德徳立ちて材成り、然る後に之を官にす。其の材の成るに及びてや、聖人と雖も亦た及ぶこと能はざる者有り。后夔の楽に於ける、禹の水を行るに於ける、稷の芸殖に於けるが如き、皆堯舜の及ぶこと能はざる所なり。故に孔子の七十子に於けるも、亦た其の材に因りて篤くす。子路に告ぐるに勇を以てし、曾子に孝を以てするが如き、以て見るべきのみ。其の徳の成るに及びては、四科、及び賜や達、由や果、求や芸の如き、以て見るべきのみ。
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『春秋左氏伝』襄公二十七年 徳を務めて先を争わず且つ晉・楚狎りて諸侯の盟を主ること久し。豈に專ら晉に在らんや」と。叔向趙孟に謂ひて曰く、「諸侯は晉の德に歸するのみ。其の盟を尸るに歸するに非ざるなり。子德を務めよ。先を爭ふこと無かれ。且つ諸侯盟ふに、小國固より必ず盟を尸る者有り。楚晉の細と為る。亦た可ならずや」と。乃ち楚人を先んず。書して晉を先んずるは、晉に信有ればなり。壬午、宋公兼ねて晉・楚の大夫を享す。趙孟客為り。子木之と言ふ。對ふる能はず。叔向をして侍りて言はしむ。子木も亦た對ふる能はざるなり。乙酉、宋公及び諸侯の大夫蒙門の外に盟ふ。子木趙孟に問ひて曰く、「范武子の德は何如」と。對へて曰く、「夫子の家事治まり、晉國に言ひて隱情無し。其の祝史信を鬼神に陳べて、愧づる辭無し」と。子木歸りて以て王に語る。王曰く、「尚きかな。能く神人を歆ばしむ。宜なり其の光いに五君を輔け、以て盟主と為ること」と。子木又王に語りて曰く、「宜なり晉の伯たること。叔向有りて以て其の卿を佐く。楚以て之に當たる無し。與に爭ふべからず」と。晉の荀盈遂に楚に如きて盟に蒞む。
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『弁名』德徳は得なり。人各々道に得る所有るを謂ふなり。或いは諸を性に得、或いは諸を学に得。皆性を以て殊なる。性は人人殊なり。故に徳も亦た人人殊なり。夫れ道は大なり。聖人に非ざるよりは、安んぞ能く身道の大に合はんや。故に先王徳の名を立てて、学者をして各々其の性の近き所を以て、拠りて之を守り、脩めて之を崇くせしむ。虞書の九徳、周官の六徳、及び伝に所謂仁・智・孝・弟・忠・信・恭・倹・譲・不欲・剛・勇・清・直の類の如き、皆是なり。蓋し人の性の殊なること、諸を草木の区して以て別あるに譬ふ。聖人の善く教ふると雖も、亦た之を強ふること能はず。故に各々其の性の近き所に随ひ、養ひて以て其の徳を成す。
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『童子問』卷下問ふ、何ぞ古昔は人材の多くして、後世は之れ尠きや、と。曰く、一なれば則ち達し、岐多ければ則ち迷ふ。後世の人材を成すこと能はざる者は、其の岐多きが為なり。夫れ学なる者は、徳を成し材を達する所以なり。学者内に名利の膠無く、外に他事の擾無く、此に衣食し、此に寝処し、立てば則ち其の前に参ずるを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見、積みて又積み、老の将に至らんとするを知らず、心心念念、此に専一ならば、則ち何ぞ徳を成し材を達せざることの之れ有らん。舜も人なり、我も亦人なり。堯舜の事業、孔孟の学術と雖も、亦豈に遠からんや。昔韓幹馬を画くことを好み、見る所の馬、皆其の師に非ざるは莫し。夫れ然る後、能く其の妙を造し、古今に冠絶す。古人の道芸に於けるや、皆然り。後の学者は則ち然らず。己の期する所、父兄朋友の責むる所、利名の両者に過ぎず。有用の事は講ぜず、有用の書は読まず。無益の章句を守り、無益の空文に鶩せ、無益の故事を記し、一切時好に狗ひ、名誉を邀へ、旁蹊多岐にして、志を用ふること専らならず。而して大学問・大事業に於ては、則ち之を度外に付す。藉令数十巻の著述有りて世に行はるるも、亦児戯のみ。行々将に澌滅に就かんとす。何の益かあらん。其の求むる所の名と利とも、亦皆児女子の仰歎に供するのみ。何の人材を成す所あらんや。少しく智慮有る者は、其れ取捨する所を知らざるべけんや。
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『徂徠先生答問書』卷中一経済の儀何角と御穿鑿被仰聞候。但法と人との差別御勘弁被成候哉無心元存候。成程被仰下候ごとく、法もよき法有之候。とくと不仕法も有之候。依之法の吟味もなくて不叶事に候得共、経済を談候人、多くは只仕形の善悪計を吟味仕候は、道を不存候過にて候。苟非其人道不虚行と申事有之候。法よりは人猶肝要にて御座候。たとひ法は悪敷候共、人能候へば相応の利益は有之物に候。法計の吟味仕候て人悪鋪候へば何の用にも立不申候。又人に随て法は違候物に候。法は先王の法ほど吟味つまり候事は無之候へども、王莽王安石が周礼は毒を天下に流し申候。経済の法計を御穿鑿被成候て、人の僉議無之候は、白人医者の名方を集め候類にて候。
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