弁名 / 德
德立而材成。然後官之。及其材之成也。雖聖人亦有不能及者。如后夔之於樂。禹之於行水。稷之於藝殖。皆堯舜所不能及也。故孔子之於七十子。亦因其材而篤焉。如告子路以勇。曾子以孝。可以見已。及其德之成也。如四科。及賜也達。由也果。求也藝。可以見已。
新字:徳立而材成。然後官之。及其材之成也。雖聖人亦有不能及者。如后夔之於楽。禹之於行水。稷之於芸殖。皆堯舜所不能及也。故孔子之於七十子。亦因其材而篤焉。如告子路以勇。曽子以孝。可以見已。及其徳之成也。如四科。及賜也達。由也果。求也芸。可以見已。
書き下し
徳立ちて材成り、然る後に之を官にす。其の材の成るに及びてや、聖人と雖も亦た及ぶこと能はざる者有り。后夔の楽に於ける、禹の水を行るに於ける、稷の芸殖に於けるが如き、皆堯舜の及ぶこと能はざる所なり。故に孔子の七十子に於けるも、亦た其の材に因りて篤くす。子路に告ぐるに勇を以てし、曾子に孝を以てするが如き、以て見るべきのみ。其の徳の成るに及びては、四科、及び賜や達、由や果、求や芸の如き、以て見るべきのみ。
現代語訳
徳が立てば才能が成り、そのうえで官職に就ける。才能が成就すると、聖人でさえ及ばないところが出てくる。后夔の音楽、禹の治水、后稷の農耕などは、みな堯・舜も及ばなかったものである。だから孔子も七十人の弟子に対して、それぞれの才能に応じて手厚く育てた。子路には勇について、曾子には孝について語ったことから、それがわかる。徳が成ってからの姿は、四科(徳行・言語・政事・文学)の分類や、「子貢は事理に通じ、子路は果断で、冉求は多芸だ」という評からわかる。
解説
徳が育てば才能が成り、そのうえで役目を与えるという順序を徂徠は示す。しかも各分野で成熟した人材は、堯舜のような聖人をもしのぐ。后夔の音楽、禹の治水、后稷の農業がその例である。孔子も弟子の材に合わせて語る内容を変え、その結果、四科のように異なる強みをもつ人材が育った。上に立つ者が全分野で部下より優れている必要はなく、むしろ自分を超える専門家を育てて配置するのが務めである。管理職が自分より優秀な部下を育てられるかどうかが、組織の力を決める。
この章句が説くこと
人材適材適所徳孔子育成才能
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