導師導古典を学びたいすべての人に

翁問答 / 上卷之末

體充曰、儒門の心學をきはめずして、軍法に達し軍法をたてゝ、その名たかき大將、倭漢ともに古來多く候へば、心學のみがきなくても、軍法のまなびはなり申べく候、しかるにまづ儒門の心學をきはめてのちに軍法をまなびたるがよしと仰せられ候は不審に存候。師の曰、よきうたがひにて候、大將の才を逞じく生れたる人は、心學のみがきなくても、軍法に達し軍功をば立るといへども、その徳なきゆへに才のたくまじきに迷ひ、必ず人を殺す事を好み、不義無道のふるまひあれば、万民その毒にあたりなげき悲むによつて、終には天罰をかうぶり、其身もほろび國も必ず絕滅するものなり、その證據はもろこしにても我朝にても、其德なくて才のみ逞しき大將に、其身難なく子孫繁昌したる人まれなり倭漢の史書にて考へ見るべし、

新字:体充曰、儒門の心学をきはめずして、軍法に達し軍法をたてゝ、その名たかき大将、倭漢ともに古来多く候へば、心学のみがきなくても、軍法のまなびはなり申べく候、しかるにまづ儒門の心学をきはめてのちに軍法をまなびたるがよしと仰せられ候は不審に存候。師の曰、よきうたがひにて候、大将の才を逞じく生れたる人は、心学のみがきなくても、軍法に達し軍功をば立るといへども、その徳なきゆへに才のたくまじきに迷ひ、必ず人を殺す事を好み、不義無道のふるまひあれば、万民その毒にあたりなげき悲むによつて、終には天罰をかうぶり、其身もほろび国も必ず絶滅するものなり、その証拠はもろこしにても我朝にても、其徳なくて才のみ逞しき大将に、其身難なく子孫繁昌したる人まれなり倭漢の史書にて考へ見るべし、

書き下し

体充曰、儒門の心学をきはめずして、軍法に達し軍法をたてゝ、その名たかき大将、倭漢ともに古来多く候へば、心学のみがきなくても、軍法のまなびはなり申べく候、しかるにまづ儒門の心学をきはめてのちに軍法をまなびたるがよしと仰せられ候は不審に存候。師の曰、よきうたがひにて候、大将の才を逞じく生れたる人は、心学のみがきなくても、軍法に達し軍功をば立るといへども、その徳なきゆへに才のたくまじきに迷ひ、必ず人を殺す事を好み、不義無道のふるまひあれば、万民その毒にあたりなげき悲むによつて、終には天罰をかうぶり、其身もほろび国も必ず絶滅するものなり、その証拠はもろこしにても我朝にても、其徳なくて才のみ逞しき大将に、其身難なく子孫繁昌したる人まれなり倭漢の史書にて考へ見るべし、

現代語訳

體充が言った。「儒門の心学をきわめなくても、軍法に通じ軍法を立てて名高い大将は、日本にも中国にも昔から多くおります。ですから心の磨きがなくても、軍法の学びはできるはずです。それなのに、まず儒門の心学をきわめてから軍法を学ぶのがよいとおっしゃるのは、腑に落ちません。」師が言った。「よい疑問である。大将の才をたくましく持って生まれた人は、心学の磨きがなくても軍法に通じ軍功を立てはする。しかしその徳がないために、自分の才のたくましさに迷い、必ず人を殺すことを好み、不義無道のふるまいをするので、万民がその害を受けて嘆き悲しみ、ついには天罰を受け、その身も滅び国も必ず絶えてしまうものである。その証拠に、中国でも我が国でも、徳がなく才ばかりたくましい大将で、身に災いなく子孫が栄えた人はまれである。日本と中国の歴史書で考えてみるがよい。」

解説

体充は、心を修めなくても軍法の名将はいくらでもいるではないかと問う。藤樹はそれを認めたうえで、徳のない才はやがて自分の才に酔って人を害し、本人も国も滅ぼすと答える。才能と徳を分けて考え、才だけが先走ることの危うさを歴史に照らして示すのである。証拠として「和漢の史書を見よ」と言うのは、空論ではなく事実で確かめよという姿勢であろう。現代でも、腕は立つが人を大切にしない人がチームを壊し、最後に本人も居場所を失う例は少なくない。技能を磨く前に、それを何のために使うかを定めておくことが、長く働くための土台になる。

この章句が説くこと

徳才心学軍法天罰修養

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る