導師導古典を学びたいすべての人に

翁問答 / 上卷之末

夫軍法陣圖は本來易よりおこり黃帝の代にまつたくそなはり、太公諸葛など代々の諸賢傳受しきたれり、日本にてかながきになほしたるには、あやまり多し、たゞ本書をよく學びたるはよく候、軍法陣圖をありの儘に心得たるぶんには、馬のめきゝを段の繪圖にてならひおぼへたると同じ事なり、愚かにして物のまにあはぬ事を、按圖索驥とたとへたり、むかしもろこしに名大將ありその子よく父の書を讀み習ひぬれども、臨機應變の覺悟なきによつて、おや死して后大將となり大敗軍して天下の笑ぐさとなれり、これ即ち眼目手足の工夫なく、徒に皮膚毛髪ばかりを專らとつとめ學ぶ故なり、軍法を學ばんとおもふ人は、先眞儒の門に入て、文武合一の明德をあきらかにして、根本を立て後に、軍法の本書をまなび眼目手足の工夫をもつはらにすべき事、簡要なり、これはまことに武家第一の急務にて候。

新字:夫軍法陣図は本来易よりおこり黄帝の代にまつたくそなはり、太公諸葛など代々の諸賢伝受しきたれり、日本にてかながきになほしたるには、あやまり多し、たゞ本書をよく学びたるはよく候、軍法陣図をありの儘に心得たるぶんには、馬のめきゝを段の絵図にてならひおぼへたると同じ事なり、愚かにして物のまにあはぬ事を、按図索驥とたとへたり、むかしもろこしに名大将ありその子よく父の書を読み習ひぬれども、臨機応変の覚悟なきによつて、おや死して后大将となり大敗軍して天下の笑ぐさとなれり、これ即ち眼目手足の工夫なく、徒に皮膚毛髪ばかりを専らとつとめ学ぶ故なり、軍法を学ばんとおもふ人は、先真儒の門に入て、文武合一の明徳をあきらかにして、根本を立て後に、軍法の本書をまなび眼目手足の工夫をもつはらにすべき事、簡要なり、これはまことに武家第一の急務にて候。

書き下し

夫軍法陣図は本来易よりおこり黄帝の代にまつたくそなはり、太公諸葛など代々の諸賢伝受しきたれり、日本にてかながきになほしたるには、あやまり多し、たゞ本書をよく学びたるはよく候、軍法陣図をありの儘に心得たるぶんには、馬のめきゝを段の絵図にてならひおぼへたると同じ事なり、愚かにして物のまにあはぬ事を、按図索驥とたとへたり、むかしもろこしに名大将ありその子よく父の書を読み習ひぬれども、臨機応変の覚悟なきによつて、おや死して后大将となり大敗軍して天下の笑ぐさとなれり、これ即ち眼目手足の工夫なく、徒に皮膚毛髪ばかりを専らとつとめ学ぶ故なり、軍法を学ばんとおもふ人は、先真儒の門に入て、文武合一の明徳をあきらかにして、根本を立て後に、軍法の本書をまなび眼目手足の工夫をもつはらにすべき事、簡要なり、これはまことに武家第一の急務にて候。

現代語訳

「そもそも軍法と陣図はもともと易から起こり、黄帝の代に完全に備わり、太公望・諸葛孔明など代々の賢人が伝え受けてきた。日本で仮名書きに直したものには誤りが多い。ただ本書をよく学ぶのがよい。軍法や陣図をそのまま覚えただけでは、馬の目利きを段々の絵図で習い覚えたのと同じことである。愚かで物の役に立たないことを『図を按じて驥を索む』とたとえた。昔、中国に名大将がいて、その子はよく父の書を読み習ったが、臨機応変の覚悟がなかったので、親が死んだ後に大将となり、大敗軍して天下の笑いものとなった。これはすなわち眼目と手足の工夫がなく、いたずらに皮膚や毛髪ばかりを専ら努め学んだからである。軍法を学ぼうと思う人は、まず真儒の門に入り、文武合一の明徳を明らかにして根本を立て、その後に軍法の本書を学び、眼目と手足の工夫を専らにすべきことが肝要である。これはまことに武家第一の急務である。」

解説

兵書の暗記だけでは役に立たないことを、故事を引いて戒める結びの段である。「按図索驥」は名馬の図を手がかりに名馬を探して失敗した話で、知識を実地に生かせない愚かさのたとえである。父の兵書を読み尽くしながら大敗した名将の子とは、長平の戦いで敗れた趙括を指すと考えられる。藤樹は、まず明徳を明らかにして根本を立て、そのうえで兵法の原典を学べと順序を示す。資格試験の知識や成功事例の模倣だけでは、想定外の局面に対応できない。判断の軸となる人格を養ってこそ、学んだ手法が生きるのである。

この章句が説くこと

軍法明徳按図索驥臨機応変学問武家

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る