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翁問答 / 上卷之末

たとへば春夏の陽ばかりにて秋冬の陰なく、秋冬の陰ばかりにて春夏の陽なければ、萬物を生成する造化成就する事なし、陰陽二氣差別ありといへども、本來は同一元氣の流行なる如く、元來文武同一明德なれば武ばかりにて文なきは秋冬の陰のみにして春夏の陽なきが如し、文ばかりにて武なきは春夏の陽のみにして秋冬の陰なきが如し文は仁道の異名、武は義道の異名なり、仁と義は同じく人性の一德なるによつて、文武も同じく一德にして各別なるものに非ず、

新字:たとへば春夏の陽ばかりにて秋冬の陰なく、秋冬の陰ばかりにて春夏の陽なければ、万物を生成する造化成就する事なし、陰陽二気差別ありといへども、本来は同一元気の流行なる如く、元来文武同一明徳なれば武ばかりにて文なきは秋冬の陰のみにして春夏の陽なきが如し、文ばかりにて武なきは春夏の陽のみにして秋冬の陰なきが如し文は仁道の異名、武は義道の異名なり、仁と義は同じく人性の一徳なるによつて、文武も同じく一徳にして各別なるものに非ず、

書き下し

たとへば春夏の陽ばかりにて秋冬の陰なく、秋冬の陰ばかりにて春夏の陽なければ、万物を生成する造化成就する事なし、陰陽二気差別ありといへども、本来は同一元気の流行なる如く、元来文武同一明徳なれば武ばかりにて文なきは秋冬の陰のみにして春夏の陽なきが如し、文ばかりにて武なきは春夏の陽のみにして秋冬の陰なきが如し文は仁道の異名、武は義道の異名なり、仁と義は同じく人性の一徳なるによつて、文武も同じく一徳にして各別なるものに非ず、

現代語訳

「たとえば春夏の陽ばかりで秋冬の陰がなく、秋冬の陰ばかりで春夏の陽がなければ、万物を生成する造化は成就しない。陰陽の二気は区別があるけれども、本来は同じ一つの元気の流行であるように、もともと文武は同じ一つの明徳であるから、武ばかりで文のないのは秋冬の陰だけで春夏の陽がないようなものであり、文ばかりで武のないのは春夏の陽だけで秋冬の陰がないようなものである。文は仁の道の別名、武は義の道の別名である。仁と義は同じく人の性の一つの徳であるから、文武も同じく一つの徳であって別々のものではない。」

解説

四季の巡りを例に、文武のどちらも欠けてはならない理由を説く段である。春夏だけ、秋冬だけでは万物が育たないように、文だけの人、武だけの人では明徳は完成しない。そのうえで藤樹は、文は仁の別名、武は義の別名であると定義する。仁と義が人の本性に備わる一つの徳であるように、文武もまた一つだという論理である。思いやりだけでは物事は進まず、筋を通すだけでは人がついてこない。仁と義を一人の中で両立させることが、人の上に立つ者の課題である。

この章句が説くこと

文武仁義陰陽明徳元気

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