司馬法 / 仁本
古者以仁為本,以義治之,治之為正。
書き下し
古者(いにしえ)は仁を以て本と為し、義を以てこれを治め、これを治めて正と為す。
現代語訳
昔の人は仁を根本とし、義によってこれを治め、そのように治めることを正しさとした。
解説
司馬法は仁義を統治の根本に据える兵法書である。力による支配ではなく、仁を土台にし義によって秩序を保つことこそ正しい治め方だとする発想は、家庭や職場のような小さな集まりにも通じる。規則や強制だけでは人はついてこず、根底に思いやりと筋の通った公正さがあってこそ物事は長く続く。まず何を土台に据えて人と関わるかを問う一句である。
この章句が説くこと
仁義統治
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公二十二年 宋襄の仁國人皆公を咎む。公曰く、「君子は重ねて傷つけず、二毛を禽(とりこ)にせず。古の軍を為すや、阻隘を以ってせざるなり。寡人亡國の餘なりと雖も、列を成さざるに鼓せず」と。子魚曰く、「君未だ戰を知らず。勍敵の人、隘にして列せざるは、天の我を贊くるなり。阻みて之を鼓す、亦た可ならずや。猶ほ懼るる有り。且つ今の勍き者は、皆吾が敵なり。胡耇に及ぶと雖も、獲れば則ち之を取る、何ぞ二毛に有らんや。恥を明らかにし戰を教ふるは、敵を殺さんことを求むるなり。傷未だ死に及ばず、如何ぞ重ぬる勿らんや。若し重ねて傷つくるを愛まば、則ち傷つくる勿きに如かず。其の二毛を愛まば、則ち服するに如かず。三軍は利を以って用ゐるなり、金鼓は聲を以って氣づくるなり。利ありて之を用ゐる、阻隘も可なり。聲盛んにして志を致す、儳(みだ)れに鼓するも可なり」と。
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司馬法・仁本義を争いて利を争わず、是を以てその義を明らかにするなり。
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呂氏春秋・髙義①君子の自ら行うや、動けば必ず義に縁る。行うこと必ず義に誠なれば、俗、之を窮せりと謂うと雖も、通ずるなり。行うこと義に誠ならず、動くこと義に縁らざれば、俗、之を通ぜりと謂うと雖も、窮せるなり。然らば則ち君子の窮通は、俗に異なる者有るなり。故に功に當りて以て賞を受け、罪に當りて以て罰を受く。賞當たらざれば、之に與うと雖も必ず辭す。罰誠に當たれば、之を赦すと雖も外けず。之を國に度れば、必ず利長久ならん。長久の主に於ける、必ず宜しく內は心に反して慚ぢずして然る後動くべし。
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論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
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呂氏春秋・論威①義なる者は、萬事の紀なり。君臣上下親疏の由りて起こる所なり。治亂安危過勝の在る所なり。過勝の道は、他に求むること勿し、必ず己に反る。
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呂氏春秋・別類④義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。