翁問答 / 上卷之本
これ思ひの儘なる富貴にあらずや、聖人の明德は至誠無息長在不滅にして、かたち死してもほろびず、天地おはつても壽おはらざるものなれば、彭祖が七百歲、喬松が千年も長生とするに足らず、これ思ひの儘なる長生にあらずや、凡夫は迹になずみて論ずるによつて、迷ひたる疑ひばかりなり、心の上にて論ずれば、何の不審もなく候。
新字:これ思ひの儘なる富貴にあらずや、聖人の明徳は至誠無息長在不滅にして、かたち死してもほろびず、天地おはつても寿おはらざるものなれば、彭祖が七百歳、喬松が千年も長生とするに足らず、これ思ひの儘なる長生にあらずや、凡夫は迹になずみて論ずるによつて、迷ひたる疑ひばかりなり、心の上にて論ずれば、何の不審もなく候。
書き下し
これ思ひの儘なる富貴にあらずや、聖人の明徳は至誠無息長在不滅にして、かたち死してもほろびず、天地おはつても寿おはらざるものなれば、彭祖が七百歳、喬松が千年も長生とするに足らず、これ思ひの儘なる長生にあらずや、凡夫は迹になずみて論ずるによつて、迷ひたる疑ひばかりなり、心の上にて論ずれば、何の不審もなく候。
現代語訳
「これこそ思いのままの富貴ではないか。聖人の明徳は誠が絶えず、常にあって滅びることがなく、形が死んでも滅びず、天地が終わっても寿命が終わらないものであるから、彭祖の七百歳も、王子喬・赤松子の千年も、長生とするには足りない。これこそ思いのままの長生ではないか。凡夫は迹にとらわれて論じるので、迷った疑いばかりになる。心の上で論じれば、何の不審もない。」
解説
富貴に続いて長生についても、心の上から答える締めくくりである。聖人の明徳は形が滅んでも滅びず、天地が尽きても終わらないとされ、伝説の長寿者である彭祖や、仙人の王子喬・赤松子さえ比べものにならないという。肉体の寿命ではなく、徳が後世にまで働き続けることを真の長生とみる見方である。藤樹自身は数え四十一歳で世を去ったが、近江聖人としてその名と教えは今も語り継がれている。自分が去った後に何を残すかという問いは、仕事の意味を考えるうえでも大きな手がかりになる。
この章句が説くこと
明徳長生心迹聖人彭祖心
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