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翁問答 / 上卷之本

體充曰、贋の學問はなになににておはしまし候や。師の曰、先敎へと學問の本意をよく辨へて、正眞贋の定めを明らむべし、敎へも學問もみな天道を根本準的とするゆへにもろこしにても夷國にても、世界の中にて敎へ學ぶ所の道、天道の神理にかなひぬるを正眞の敎へとし、學問とし儒敎と名け儒學といふなり、天道の神理に背きぬるは贋の學問なり、

新字:体充曰、贋の学問はなになににておはしまし候や。師の曰、先教へと学問の本意をよく弁へて、正真贋の定めを明らむべし、教へも学問もみな天道を根本準的とするゆへにもろこしにても夷国にても、世界の中にて教へ学ぶ所の道、天道の神理にかなひぬるを正真の教へとし、学問とし儒教と名け儒学といふなり、天道の神理に背きぬるは贋の学問なり、

書き下し

体充曰、贋の学問はなになににておはしまし候や。師の曰、先教へと学問の本意をよく弁へて、正真贋の定めを明らむべし、教へも学問もみな天道を根本準的とするゆへにもろこしにても夷国にても、世界の中にて教へ学ぶ所の道、天道の神理にかなひぬるを正真の教へとし、学問とし儒教と名け儒学といふなり、天道の神理に背きぬるは贋の学問なり、

現代語訳

體充が言った。「偽の学問とは、どのようなものでございますか。」師は言った。「まず教えと学問の本意をよくわきまえて、正真と偽物の定めを明らかにすべきである。教えも学問もみな天道を根本の基準とするので、中国でも異国でも、世界の中で教え学ぶ道が天道の神妙な理にかなっていれば、それを正真の教えとし学問とし、儒教と名づけ儒学というのである。天道の神妙な理に背くものは偽の学問である。」

解説

正真と偽物を分ける基準を「天道の神理」に置く段である。藤樹は儒学を中国固有の学問とは考えず、どこの国のものであれ天道にかなえば儒教であり儒学であると言い切る。国や流派の名前ではなく、道理に合っているかどうかで学問を見るという普遍的な立場である。日本人である藤樹が中国の学問を自分の道として受け止めるうえで、この見方は欠かせないものであった。新しい手法や海外の理論に接するときも、出どころや肩書きではなく、筋が通っているかどうかで判断する。その姿勢は今もそのまま通用する。

この章句が説くこと

天道儒教学問正真基準偽学

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