翁問答 / 上卷之本
體充曰、贋の學問はなになににておはしまし候や。師の曰、先敎へと學問の本意をよく辨へて、正眞贋の定めを明らむべし、敎へも學問もみな天道を根本準的とするゆへにもろこしにても夷國にても、世界の中にて敎へ學ぶ所の道、天道の神理にかなひぬるを正眞の敎へとし、學問とし儒敎と名け儒學といふなり、天道の神理に背きぬるは贋の學問なり、
新字:体充曰、贋の学問はなになににておはしまし候や。師の曰、先教へと学問の本意をよく弁へて、正真贋の定めを明らむべし、教へも学問もみな天道を根本準的とするゆへにもろこしにても夷国にても、世界の中にて教へ学ぶ所の道、天道の神理にかなひぬるを正真の教へとし、学問とし儒教と名け儒学といふなり、天道の神理に背きぬるは贋の学問なり、
書き下し
体充曰、贋の学問はなになににておはしまし候や。師の曰、先教へと学問の本意をよく弁へて、正真贋の定めを明らむべし、教へも学問もみな天道を根本準的とするゆへにもろこしにても夷国にても、世界の中にて教へ学ぶ所の道、天道の神理にかなひぬるを正真の教へとし、学問とし儒教と名け儒学といふなり、天道の神理に背きぬるは贋の学問なり、
現代語訳
體充が言った。「偽の学問とは、どのようなものでございますか。」師は言った。「まず教えと学問の本意をよくわきまえて、正真と偽物の定めを明らかにすべきである。教えも学問もみな天道を根本の基準とするので、中国でも異国でも、世界の中で教え学ぶ道が天道の神妙な理にかなっていれば、それを正真の教えとし学問とし、儒教と名づけ儒学というのである。天道の神妙な理に背くものは偽の学問である。」
解説
この章句が説くこと
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言志四録・言志晩録 第二百三条 此の学は窮尽無し天道は窮尽無し。故に義理も窮尽無し。義理窮尽無し。故に此の学も窮尽無し。「堯舜の上、善尽くること無し」とは、此れを謂ふ。
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『呻吟語』内篇・問學・胸中獨り得たる中正の道理學問の大要は、須らく天道・人情・物理・世故を把りて識得すること透徹し、卻って胸中獨り得たる中正底の道理を以て之を消息すべし。
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『翁問答』上卷之末体充問曰、つらつら人物のありさまを考へ見るに、よきものは少なく、あしきものは多し、よき者は育ちがたくあしきものは育ち易し、人間には賢人君子まれなり、たまたまあれども或は不幸短命なり、愚痴不肖は世界にみちみちて沢山なり、盗賊などをば何れの代にもさがし、求めてころせどもたらず、鳥には鳳凰はまれにて鳶鴉は雲霞の如し、獣には麒麟は世にまれにて狐狸は其かずをしらず、草木には霊草名木はすくなくして、名もなき雑木野草は山野にみてり、天道は純粋至善なりと承はりをよび候へば、よきものは多くあしきものは少なきはずにて候へ、かへつてあしき者の沢山なるは、何たる道理にて御座候や。
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『墨子』非儒下夫れ一に道術學業とは、仁義なり。昔、大にしては以て人を治め、小にしては以て官に任じ、逺くしては施し、用いては偏く、近くしては以て身を循む。不義には處らず、非理には行わず。務めて天下の利を興し、曲直周旋、利あれば則ち止まる。此れ君子の道なり。聞く所の孔丘の行いを以てすれば、則ち本より此と相い反謬するなり。
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孔子家語・大婚解公曰く、「君子何ぞ天道を貴ぶや。」孔子曰く、「其の已まざるを貴ぶなり。日月東西相従いて已まざるが如きなり。是れ天道なり。閉じずして能く久しき、是れ天道なり。無為にして物成る、是れ天道なり。已に成りて之を明らかにする、是れ天道なり。」公曰く、「寡人且つ愚冥なり、幸いに子の心を煩わさん。」孔子蹴然として席を避けて対えて曰く、「仁人は物に過ぎず、孝子は親に過ぎず。是の故に仁人の親に事うるや天に事うるが如く、天に事うるや親に事うるが如し。此を孝子の身を成すと謂う。」公曰く、「寡人既に此くの如き言を聞く、後の罪を如何せんこと無きか。」孔子対えて曰く、「君子此の言に及ぶは、是れ臣の福なり。」
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