翁問答 / 上卷之本
體充問曰、世間の學問する人を見るに、さして學問のしるしといふべき益なし、かへつて形氣あしく異風になる人ありと見へたり、所詮がくもんはせぬがましかと存じ候はいかが。師の曰、人間の生れつきさまざまありと雖、大體のおふわけは五品につゞまれり、聖人一品、賢人一品、知者一ひん、愚者一品、不肖者一品、凡て五品なり、この五品のうち聖人は生知安行とて學問せずして德をしり道を行なひたもふ人なり、聖人より下は學問せざれば德を知り道を行ふこと能はず、人間に生れて德を知り道を行はざれば人面獸心とて形は人間なれども、心はけだものとおなじ事にて、至誠無息の神理をとりうしなひ、世俗の諺に人の皮をかぶりたる犬といへる如く、いとあさましき事なれば學問は人間第一の急務にしてなさでかなはぬことにて候へども、正眞の學問はよく知ておしゆる人まれなれば、まなぶ人もすくなし、世間にとりはやす學問は多分にせにて候にせの學問をすれば何の益もなく、かへつて形氣あしく異風になるものなり、學問に正眞贋のわかちあることをわきまへざる人は不審も尤にて候。
新字:体充問曰、世間の学問する人を見るに、さして学問のしるしといふべき益なし、かへつて形気あしく異風になる人ありと見へたり、所詮がくもんはせぬがましかと存じ候はいかが。師の曰、人間の生れつきさまざまありと雖、大体のおふわけは五品につゞまれり、聖人一品、賢人一品、知者一ひん、愚者一品、不肖者一品、凡て五品なり、この五品のうち聖人は生知安行とて学問せずして徳をしり道を行なひたもふ人なり、聖人より下は学問せざれば徳を知り道を行ふこと能はず、人間に生れて徳を知り道を行はざれば人面獣心とて形は人間なれども、心はけだものとおなじ事にて、至誠無息の神理をとりうしなひ、世俗の諺に人の皮をかぶりたる犬といへる如く、いとあさましき事なれば学問は人間第一の急務にしてなさでかなはぬことにて候へども、正真の学問はよく知ておしゆる人まれなれば、まなぶ人もすくなし、世間にとりはやす学問は多分にせにて候にせの学問をすれば何の益もなく、かへつて形気あしく異風になるものなり、学問に正真贋のわかちあることをわきまへざる人は不審も尤にて候。
書き下し
体充問曰、世間の学問する人を見るに、さして学問のしるしといふべき益なし、かへつて形気あしく異風になる人ありと見へたり、所詮がくもんはせぬがましかと存じ候はいかが。師の曰、人間の生れつきさまざまありと雖、大体のおふわけは五品につゞまれり、聖人一品、賢人一品、知者一ひん、愚者一品、不肖者一品、凡て五品なり、この五品のうち聖人は生知安行とて学問せずして徳をしり道を行なひたもふ人なり、聖人より下は学問せざれば徳を知り道を行ふこと能はず、人間に生れて徳を知り道を行はざれば人面獣心とて形は人間なれども、心はけだものとおなじ事にて、至誠無息の神理をとりうしなひ、世俗の諺に人の皮をかぶりたる犬といへる如く、いとあさましき事なれば学問は人間第一の急務にしてなさでかなはぬことにて候へども、正真の学問はよく知ておしゆる人まれなれば、まなぶ人もすくなし、世間にとりはやす学問は多分にせにて候にせの学問をすれば何の益もなく、かへつて形気あしく異風になるものなり、学問に正真贋のわかちあることをわきまへざる人は不審も尤にて候。
現代語訳
體充が問うた。「世間で学問をする人を見ると、これといって学問のしるしと言える益がなく、かえって気質が悪くなり、風変わりになる人もいるように見えます。結局、学問はしないほうがましではないかと存じますが、いかがでしょうか。」師は言った。「人間の生まれつきはさまざまだが、大きく分ければ五品に尽きる。聖人一品、賢人一品、知者一品、愚者一品、不肖者一品の五つである。この五品のうち聖人は『生まれながらに知り、安んじて行う』と言って、学問をしなくても徳を知り道を行われる人である。聖人より下は、学問しなければ徳を知り道を行うことができない。人間に生まれて徳を知らず道を行わなければ『人面獣心』と言って、形は人間でも心は獣と同じで、誠が絶えない神妙な理を失い、世俗のことわざに言う『人の皮をかぶった犬』のように、まことに嘆かわしい。だから学問は人間第一の急務であり、しないではすまないものである。ところが正真の学問をよく知って教える人はまれなので、学ぶ人も少ない。世間でもてはやされる学問は多くが偽物である。偽の学問をすれば何の益もなく、かえって気質が悪くなり、風変わりになる。学問に正真と偽物の区別があることをわきまえない人が不審に思うのも、もっともである。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之四衆人の人為る、草木禽獣の物為ると、其の生けるときは則ち異なりて、其の死するときは則ち同じ。何となれば則ち、衆人は下愚なりと雖も、其の生ける時は亦た皆五品の交はり、四民の業有り。且つ衣食の養、屋室の安有り。誠に禽獣と同じからず。其の既に死するに迨んでは、一たび腐壊に帰し、徳行の人に遺す無く、令名の世に伝はる無く、一時に漸く尽きて余り無し。草木禽獣と異なること無し。人為る者、豈に之を恥づることを知らざるべけんや。如し之を恥ぢば、学を為すに如くは無し。学びて得る有れば、則ち徳沢功名後世に流れて滅びず、虚生せずと為す。此れ君子の没後、衆人及び禽獣草木に異なる所以なり。
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『都鄙問答』卷之四・學者ノ行狀心得難キヲ問ノ段或ひと問ひて曰く、或所に幼年より学問し、四書五経は云ふに及ばず、何にても書物暗ずる程の徳有る人あり。然れども心得がたきこと多し。一事を挙げて云はゞ、金銀借用等に、不埒なること多し。夫ともに、手前にも倹約を守らるゝ上にて、是非なく不足あらば、他の了簡も有るべけれど、手前は取りじめなく、他人に不埒をなし、且つ親への事も、何とやら悪鋪ところ有りて、親の心に合はざれば、先づは不孝と云ふべきか。扠身の行作を見れば、物知り顔に我をたかぶり、弁舌は鮮なれども、聞きなれぬ挨拶にて、兎角耳に入りにくし。なにとやら寄りそひがたき風俗有りて、十人が九人までは嫌ふなり。是を以て見れば、親の気に入らぬも、尤なりと云ふ者多し。博学の徳有りて、加様なる身持あるは、如何なることぞ。
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『囲炉夜話』第百十六則・世人の取るべき者の多きを見れば德日に進む能く往日行ふ所の非を知れば、則ち學日に進む。 世人の取るべき者の多きを見れば、則ち德日に進む。
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『都鄙問答』卷之四・學者ノ行狀心得難キヲ問ノ段答ふ、汝は徳と云ふことを、曾て知らずと見へたり。加様なる疑はしきことを、問ひ定めらるゝは、左もあるべきことなり。其学者は、徳に至るの学問にはあらず、文字芸者と云ふ者なり。曰く、然らば書物を読む外に、学問と云ふことありや。
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『酔古堂剣掃』集法・男子は德有れば便ち是れ才師に從ふに名士を延くも、教へを垂るるの實益鮮なし。徒と為りて高第に攀づるも、誨へを受くるの真心少なし。男子は德有れば便ち是れ才、女子は才無ければ便ち是れ德。
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『囲炉夜話』第二百十則・恥無きは乃ち賤と為す財無きは貧に非ず、學無きは乃ち貧と為す。位無きは賤に非ず、恥無きは乃ち賤と為す。 年無きは夭に非ず、述無きは乃ち夭と為す。子無きは孤に非ず、德無きは乃ち孤と為す。
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