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翁問答 / 上卷之本

夫孝德は中和を體段とし愛敬を本實とす、方寸のうちに備はりて、太虛に充塞し六合を包羅し、上は無始の往古に達し、下は無窮の未來に徹し、生死幽明有無の差別なく、上もなく外もなき神道なるゆへに、至德要道となづけたまふ、しかるゆへに五倫の道即ち向上のみち、向上の道即ち五倫のみちとたてさだめ、素其位而行不願乎其外下學而上達する一貫の心法不二の妙理なり、現在當然の五典をほかにして、別に向上の一路をもとむるは、たとへば日月をそむきて灯をもちゆるに異ならず、聖人の道世にあきらかならざるによつて、異敎にならひそまり、さやうにあさましき疑ひあり、儒門に入てまよひを解べきこと、人間第一の急務にて候。

新字:夫孝徳は中和を体段とし愛敬を本実とす、方寸のうちに備はりて、太虚に充塞し六合を包羅し、上は無始の往古に達し、下は無窮の未来に徹し、生死幽明有無の差別なく、上もなく外もなき神道なるゆへに、至徳要道となづけたまふ、しかるゆへに五倫の道即ち向上のみち、向上の道即ち五倫のみちとたてさだめ、素其位而行不願乎其外下学而上達する一貫の心法不二の妙理なり、現在当然の五典をほかにして、別に向上の一路をもとむるは、たとへば日月をそむきて灯をもちゆるに異ならず、聖人の道世にあきらかならざるによつて、異教にならひそまり、さやうにあさましき疑ひあり、儒門に入てまよひを解べきこと、人間第一の急務にて候。

書き下し

夫孝徳は中和を体段とし愛敬を本実とす、方寸のうちに備はりて、太虚に充塞し六合を包羅し、上は無始の往古に達し、下は無窮の未来に徹し、生死幽明有無の差別なく、上もなく外もなき神道なるゆへに、至徳要道となづけたまふ、しかるゆへに五倫の道即ち向上のみち、向上の道即ち五倫のみちとたてさだめ、その位に素して行ひ、その外を願はず、下学して上達する一貫の心法不二の妙理なり、現在当然の五典をほかにして、別に向上の一路をもとむるは、たとへば日月をそむきて灯をもちゆるに異ならず、聖人の道世にあきらかならざるによつて、異教にならひそまり、さやうにあさましき疑ひあり、儒門に入てまよひを解べきこと、人間第一の急務にて候。

現代語訳

「そもそも孝徳は、中和を本体とし、愛敬を実質とする。心の内に備わって太虚に満ち、天地四方を包み込み、上は始まりのない遠い昔に達し、下は終わりのない未来に通じ、生死・幽明・有無の区別もなく、上もなく外もない神妙な道であるから、至徳要道と名づけられたのである。それゆえ五倫の道がそのまま向上の道であり、向上の道がそのまま五倫の道であると立て定め、『その位に素して行い、その外を願わず』『下学して上達す』という、一貫した心法であり、二つとない妙理なのである。目の前の当然の五典をよそにして、別に向上の一路を求めるのは、たとえば日月に背を向けて灯火を用いるのと変わらない。聖人の道が世に明らかでないために、異教に習い染まって、そのような嘆かわしい疑いが生じるのである。儒門に入って迷いを解くことが、人間第一の急務である。」

解説

孝徳の広大さを述べ、日常の人倫を離れた別の悟りの道はないと結ぶ段である。「素其位而行、不願乎其外」は『中庸』、「下学而上達」は『論語』憲問篇の言葉で、身近な務めを尽くすことがそのまま高い境地に通じるという考えを支えている。孝を太虚に満ちる原理と見る藤樹の発想は、のちに全孝の心法として深められていく。日月に背を向けて灯をともすという比喩は、目の前の仕事を軽んじて特別な成功法則ばかり探す態度にも当てはまる。今いる持ち場で誠実を尽くすことこそ、遠回りに見えて最も確かな成長の道なのである。

この章句が説くこと

孝徳太虚中和愛敬下学上達中庸

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