翁問答 / 上卷之本
夫婦の別もおもしといへども、君父よりはいやしきによつて、第三番に夫婦有別とおしへたまふ、兄弟は天倫のしたしみ骨肉同胞の愛おもきゆへに、第四番に長幼有序とおしへたまふ、朋友は異親同氣の兄弟なれども、天倫同胞のしたしみよりはかろきによつて、第五番に朋友有信とおしへ給ふ、さてまた父子の親をはじめにおき給ひて、朋友の信を終におきたまふこゝろは、孝は三極の至要百行のみなもとにして、五典みな孝行なることをしめさんために父子の親をはじめにおしへ給ふ、さて孝德をあきらかにするには、朋友の善をせむるをたすけとする事をしめさんために、朋友の信をおはりにおしへ給ふ、曾子の以友輔仁といへるもこのこゝろなり、畢竟五敎みな孝行のおしへなり、たゞ凡夫のために五典十義をわけてしめしたまふなり、至德要道三才一貫の心法よくよく受用あるべし。
新字:夫婦の別もおもしといへども、君父よりはいやしきによつて、第三番に夫婦有別とおしへたまふ、兄弟は天倫のしたしみ骨肉同胞の愛おもきゆへに、第四番に長幼有序とおしへたまふ、朋友は異親同気の兄弟なれども、天倫同胞のしたしみよりはかろきによつて、第五番に朋友有信とおしへ給ふ、さてまた父子の親をはじめにおき給ひて、朋友の信を終におきたまふこゝろは、孝は三極の至要百行のみなもとにして、五典みな孝行なることをしめさんために父子の親をはじめにおしへ給ふ、さて孝徳をあきらかにするには、朋友の善をせむるをたすけとする事をしめさんために、朋友の信をおはりにおしへ給ふ、曽子の以友輔仁といへるもこのこゝろなり、畢竟五教みな孝行のおしへなり、たゞ凡夫のために五典十義をわけてしめしたまふなり、至徳要道三才一貫の心法よくよく受用あるべし。
書き下し
夫婦の別もおもしといへども、君父よりはいやしきによつて、第三番に夫婦有別とおしへたまふ、兄弟は天倫のしたしみ骨肉同胞の愛おもきゆへに、第四番に長幼有序とおしへたまふ、朋友は異親同気の兄弟なれども、天倫同胞のしたしみよりはかろきによつて、第五番に朋友有信とおしへ給ふ、さてまた父子の親をはじめにおき給ひて、朋友の信を終におきたまふこゝろは、孝は三極の至要百行のみなもとにして、五典みな孝行なることをしめさんために父子の親をはじめにおしへ給ふ、さて孝徳をあきらかにするには、朋友の善をせむるをたすけとする事をしめさんために、朋友の信をおはりにおしへ給ふ、曽子の以友輔仁といへるもこのこゝろなり、畢竟五教みな孝行のおしへなり、たゞ凡夫のために五典十義をわけてしめしたまふなり、至徳要道三才一貫の心法よくよく受用あるべし。
現代語訳
「夫婦の別も重いが、君や父よりは低いので、第三番に『夫婦別あり』と教えられた。兄弟は天のつながりによる親しみで、骨肉を同じくする愛が重いので、第四番に『長幼序あり』と教えられた。朋友は親を異にしながら気を同じくする兄弟であるが、天のつながりによる親しみよりは軽いので、第五番に『朋友信あり』と教えられた。さてまた、父子の親を初めに置き、朋友の信を終わりに置かれた心は、孝は天地人三才の要であり百行の源であって、五典がみな孝行であることを示すために父子の親を初めに教えられたのである。そして孝徳を明らかにするには、善を責め合う朋友を助けとすることを示すために、朋友の信を終わりに教えられたのである。曾子が『友をもって仁を輔く』と言ったのもこの心である。結局、五つの教えはみな孝行の教えである。ただ凡夫のために五典十義に分けて示されたのである。至徳要道、三才を一貫する心法を、よくよく受け用いるべきである。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之一・為学上一およそ天は人の始なり、父母は人の本なり。人は天地を以て大父母とし、父母を以て小天地とす。天地父母其恩ひとし。故に天地につかへて仁を行ふ事、父母につかへて孝を行ふが如くすべし。ここを以て礼経にも、仁人の天につかふるは、親につかふるが如くし、疎なるべからず。親につかふる事、天につかふるが如くすべし。畏慎むべしといへり。おろそかなるは愛なきなり。おそれざるは敬なきなり。天地につかへ奉る父母につかうまつるも、同じく愛敬をいたして、疎ならず、あなどるべからず。天地によくつかふるは仁人なり。仁心をたもつ人なり。父母によくつかふるは孝子なり。孝養をよくつとむる子なり。天地につかへ父母につかふるの道同じ。しかれば、天地につかへ奉るは人間の大事にて、しばしも忘るべからず。
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『翁問答』下卷之本つねづねもの柔かにして、いかつにたけくうで立のたしなみなくても、孝忠の心だに真実なれば、必武篇つよき証拠は、むかし楊豊といへる人のむすめ、楊香とし十四の時、父にしたがひて山田を刈いける所へ虎ひとつ来りて、楊豊をくひ殺さんとせしを、楊香はしりかゝりて彼の虎の頸にいだきつきて、父の命を助けたり、此楊香は年十四になる女なれば、いかつたけく腕のたしなみなく、柔軟なる事勿論なり、しかれども虎を手打にしたるは、樊噲にもおとらぬ武篇なれば、いかつ腕立のたしなみはせんなくして、孝忠仁義のたしなみ簡要なる事をわきまへ知べし、されば楊香かくの如くの武勇は、只父を深く愛する一念の仁よりはたらく所なれば、孝行忠節の心だに真実なればだれ人も必武篇つよき理りあきらめ易し、是にて仁義の勇の端的をよく体認あるべし。
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『囲炉夜話』第百三十二則・孝は百行の先に居り淫は萬惡の首なり常に仁孝の心を存すれば、則ち天下の凡そ爲すべからざる者、皆爲すに忍びず、所以に孝は百行の先に居る。 一たび邪淫の念を起こせば、則ち生平極めて爲すを欲せざる者も、皆爲すに難からず、所以に淫は是れ萬惡の首なり。
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『慎思録』巻之四君子の道、親を親しみ民を仁しみ物を愛する者は、義有り。蓋し親と民と物と、三者は皆天の生ずる所にして、愛育する所なり。是を以て吾が天に事ふるの道は、当に天の愛する所を厚くすべし。吾の之を親しみ之を仁しみ之を愛する者は、乃ち天心に順ひて之に事ふる所以なり。此れ一義と為す。且つ三者は本是れ天地の生ずる所にして、吾と一気同体なり。所謂民は吾が同胞、物は吾が与なり。是れ厚くせざるべからず。故に吾の之を親しみ之を仁しみ之を愛する者は、乃ち吾が気類を厚くする所以なり。此れ一義と為す。然れども二義有りと雖も、之を要するに皆是れ天に事ふるの道なり。人子の親に事ふるの道も、亦た此に猶し。蓋し人の子為る者は、父母の生む所を厚くし、父母の愛する所を愛す。是れ兄弟を宜しくすれば、則ち親に事ふるの道なり、一義と為す。又克く兄弟に友なるは、此れ同気を厚くするなり、是れ一義と為す。然れども其の友愛此の如くなれば、則ち是れ父母も亦た之を悦楽す。此れも亦た親に事ふるの道なり。故に二者は、之を要するに皆是れ親に事ふるの事なり。夫れ仁人の親に事ふるや、天に事ふるが如く、天に事ふること親に事ふるが如し。蓋し仁孝は一理なり。天に事ふると親に事ふると、其の事異なりと雖も、然れども其の心同じく、其の理一なり。
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