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翁問答 / 上卷之本

體充曰、聖人五敎を論じたまふ次第にも、意もち御座候や。師の曰、ふかき意御入候父子の親は、萬化のみなもと天叙の本なり、君臣の義は立極の大義明倫の主本なり、夫婦の別は人倫化生のもと、子孫相續のはじめなり、この三つのものは、五倫のうちにても綱要あるゆへに三綱となづけたり、しかるゆへに三綱を先はじめに論じたまふ、さて三綱のうちにて父子のみちは天性にて君臣の義を包たり、そのうへ五りんのみちみな孝行の條目なれば、孝は人極の第一義なるによつて、一番に父子有親とおしへ給ふ君はおやの恩にひとしきゆへに、おやにつかふる孝をうつして君につかふまつる忠節となす、其うへ明倫の主本有るによつて、第二ばんに君臣有義とおしへ給ふ、

新字:体充曰、聖人五教を論じたまふ次第にも、意もち御座候や。師の曰、ふかき意御入候父子の親は、万化のみなもと天叙の本なり、君臣の義は立極の大義明倫の主本なり、夫婦の別は人倫化生のもと、子孫相続のはじめなり、この三つのものは、五倫のうちにても綱要あるゆへに三綱となづけたり、しかるゆへに三綱を先はじめに論じたまふ、さて三綱のうちにて父子のみちは天性にて君臣の義を包たり、そのうへ五りんのみちみな孝行の条目なれば、孝は人極の第一義なるによつて、一番に父子有親とおしへ給ふ君はおやの恩にひとしきゆへに、おやにつかふる孝をうつして君につかふまつる忠節となす、其うへ明倫の主本有るによつて、第二ばんに君臣有義とおしへ給ふ、

書き下し

体充曰、聖人五教を論じたまふ次第にも、意もち御座候や。師の曰、ふかき意御入候父子の親は、万化のみなもと天叙の本なり、君臣の義は立極の大義明倫の主本なり、夫婦の別は人倫化生のもと、子孫相続のはじめなり、この三つのものは、五倫のうちにても綱要あるゆへに三綱となづけたり、しかるゆへに三綱を先はじめに論じたまふ、さて三綱のうちにて父子のみちは天性にて君臣の義を包たり、そのうへ五りんのみちみな孝行の条目なれば、孝は人極の第一義なるによつて、一番に父子有親とおしへ給ふ君はおやの恩にひとしきゆへに、おやにつかふる孝をうつして君につかふまつる忠節となす、其うへ明倫の主本有るによつて、第二ばんに君臣有義とおしへ給ふ、

現代語訳

體充が言った。「聖人が五つの教え(五倫)を論じられた順序にも、何か意図がございますか。」師は言った。「深い意図がある。父子の親しみは万物の変化の源であり、天が定めた秩序の根本である。君臣の義は人の道の極みを立てる大義であり、人倫を明らかにする中心である。夫婦の別は人間が生まれ育つもとであり、子孫が続いていく始まりである。この三つは五倫の中でも要となるので三綱と名づけた。だから三綱をまず初めに論じられたのである。さて三綱の中でも父子の道は天性であって、君臣の義をも包み込んでいる。そのうえ五倫の道はすべて孝行の細目であるから、孝は人の道の第一義であり、それで一番に『父子親あり』と教えられた。君は親と等しい恩があるので、親に仕える孝を移して君に仕える忠節とする。そのうえ人倫を明らかにする中心であるから、第二番に『君臣義あり』と教えられたのである。」

解説

五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)の並び順を問う一段である。藤樹はこれを偶然の列挙とは見ず、父子の親を筆頭に置くことに、孝を人倫の根本とする思想を読み取る。君臣の忠もまた、親への孝を君へ移したものとして位置づけられている。『孝経』を重んじた藤樹らしく、あらゆる人間関係を孝から説き起こす構えがはっきり表れている。順序には価値の重みが映るという見方は、組織の規程や仕事の優先順位を考えるときにも示唆的である。何を最初に置くかが、その集団の根っこを決めるのである。

この章句が説くこと

五倫孝忠三綱父子人倫

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