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大和俗訓 / 巻之一・為学上

一およそ天は人の始なり、父母は人の本なり。人は天地を以て大父母とし、父母を以て小天地とす。天地父母其恩ひとし。故に天地につかへて仁を行ふ事、父母につかへて孝を行ふが如くすべし。こゝを以て禮經にも、仁人の天につかふるは、親につかふるが如くし、疎なるべからず。親につかふる事、天につかふるが如くすべし。畏愼むべしといへり。おろそかなるは愛なきなり。おそれざるは敬なきなり。天地につかへ奉る父母につかうまつるも、同じく愛敬をいたして、疎ならず、あなどるべからず。天地によくつかふるは仁人なり。仁心をたもつ人なり。父母によくつかふるは孝子なり。孝養をよくつとむる子なり。天地につかへ父母につかふるの道同じ。しかれば、天地につかへ奉るは人間の大事にて、しばしも忘るべからず。

新字:一およそ天は人の始なり、父母は人の本なり。人は天地を以て大父母とし、父母を以て小天地とす。天地父母其恩ひとし。故に天地につかへて仁を行ふ事、父母につかへて孝を行ふが如くすべし。こゝを以て礼経にも、仁人の天につかふるは、親につかふるが如くし、疎なるべからず。親につかふる事、天につかふるが如くすべし。畏慎むべしといへり。おろそかなるは愛なきなり。おそれざるは敬なきなり。天地につかへ奉る父母につかうまつるも、同じく愛敬をいたして、疎ならず、あなどるべからず。天地によくつかふるは仁人なり。仁心をたもつ人なり。父母によくつかふるは孝子なり。孝養をよくつとむる子なり。天地につかへ父母につかふるの道同じ。しかれば、天地につかへ奉るは人間の大事にて、しばしも忘るべからず。

書き下し

一およそ天は人の始なり、父母は人の本なり。人は天地を以て大父母とし、父母を以て小天地とす。天地父母其恩ひとし。故に天地につかへて仁を行ふ事、父母につかへて孝を行ふが如くすべし。ここを以て礼経にも、仁人の天につかふるは、親につかふるが如くし、疎なるべからず。親につかふる事、天につかふるが如くすべし。畏慎むべしといへり。おろそかなるは愛なきなり。おそれざるは敬なきなり。天地につかへ奉る父母につかうまつるも、同じく愛敬をいたして、疎ならず、あなどるべからず。天地によくつかふるは仁人なり。仁心をたもつ人なり。父母によくつかふるは孝子なり。孝養をよくつとむる子なり。天地につかへ父母につかふるの道同じ。しかれば、天地につかへ奉るは人間の大事にて、しばしも忘るべからず。

現代語訳

一、おおよそ天は人の始まりであり、父母は人の本です。人は天地を大いなる父母とし、父母を小さな天地とします。天地と父母はその恩が等しいのです。それゆえ天地に仕えて仁を行うことは、父母に仕えて孝を行うようにすべきです。そのため礼の経典にも、仁ある人が天に仕えるのは親に仕えるようにし、おろそかにしてはならない、親に仕えることは天に仕えるようにすべきで、畏れ慎むべきだとあります。おろそかなのは愛がないことです。畏れないのは敬がないことです。天地にお仕えするのも父母にお仕えするのも、同じく愛と敬を尽くして、おろそかにせず侮ってはなりません。天地によく仕えるのは仁ある人です。仁の心を保つ人です。父母によく仕えるのは孝子です。孝養をよく務める子です。天地に仕えることと父母に仕えることの道は同じです。ですから天地にお仕えすることは人間の大事であって、しばらくも忘れてはなりません。

解説

天地を大きな父母、父母を小さな天地と見て、両者に仕える道は同じだと説く段です。引かれているのは『礼記』哀公問の「仁人の親に事うるは天に事うるが如く、天に事うるは親に事うるが如し」にあたる言葉です。益軒はそれを「愛」と「敬」の二つに整理し、おろそかなのは愛がなく、畏れないのは敬がないのだと言います。親しいほど甘えて雑になりやすいものです。身近な人にこそ愛と敬の両方を持つという教えは、家族関係にも職場の関係にもそのまま生かせます。

この章句が説くこと

孝仁愛敬天地父母

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