翁問答 / 下卷之本
つねづねもの柔かにして、いかつにたけくうで立のたしなみなくても、孝忠の心だに眞實なれば、必武篇つよき證據は、むかし楊豐といへる人のむすめ、楊香とし十四の時、父にしたがひて山田を刈いける所へ虎ひとつ來りて、楊豐をくひ殺さんとせしを、楊香はしりかゝりて彼の虎の頸にいだきつきて、父の命を助けたり、此楊香は年十四になる女なれば、いかつたけく腕のたしなみなく、柔軟なる事勿論なり、しかれども虎を手打にしたるは、樊噲にもおとらぬ武篇なれば、いかつ腕立のたしなみはせんなくして、孝忠仁義のたしなみ簡要なる事をわきまへ知べし、されば楊香かくの如くの武勇は、只父を深く愛する一念の仁よりはたらく所なれば、孝行忠節の心だに眞實なればだれ人も必武篇つよき理りあきらめ易し、是にて仁義の勇の端的をよく體認あるべし。
新字:つねづねもの柔かにして、いかつにたけくうで立のたしなみなくても、孝忠の心だに真実なれば、必武篇つよき証拠は、むかし楊豊といへる人のむすめ、楊香とし十四の時、父にしたがひて山田を刈いける所へ虎ひとつ来りて、楊豊をくひ殺さんとせしを、楊香はしりかゝりて彼の虎の頸にいだきつきて、父の命を助けたり、此楊香は年十四になる女なれば、いかつたけく腕のたしなみなく、柔軟なる事勿論なり、しかれども虎を手打にしたるは、樊噲にもおとらぬ武篇なれば、いかつ腕立のたしなみはせんなくして、孝忠仁義のたしなみ簡要なる事をわきまへ知べし、されば楊香かくの如くの武勇は、只父を深く愛する一念の仁よりはたらく所なれば、孝行忠節の心だに真実なればだれ人も必武篇つよき理りあきらめ易し、是にて仁義の勇の端的をよく体認あるべし。
書き下し
つねづねもの柔かにして、いかつにたけくうで立のたしなみなくても、孝忠の心だに真実なれば、必武篇つよき証拠は、むかし楊豊といへる人のむすめ、楊香とし十四の時、父にしたがひて山田を刈いける所へ虎ひとつ来りて、楊豊をくひ殺さんとせしを、楊香はしりかゝりて彼の虎の頸にいだきつきて、父の命を助けたり、此楊香は年十四になる女なれば、いかつたけく腕のたしなみなく、柔軟なる事勿論なり、しかれども虎を手打にしたるは、樊噲にもおとらぬ武篇なれば、いかつ腕立のたしなみはせんなくして、孝忠仁義のたしなみ簡要なる事をわきまへ知べし、されば楊香かくの如くの武勇は、只父を深く愛する一念の仁よりはたらく所なれば、孝行忠節の心だに真実なればだれ人も必武篇つよき理りあきらめ易し、是にて仁義の勇の端的をよく体認あるべし。
現代語訳
(師は続けた。)「いつも物柔らかで、荒々しく猛い腕立てのたしなみがなくても、孝忠の心さえ真実であれば必ず武篇が強いという証拠がある。昔、楊豊という人の娘の楊香は、年十四のとき、父に従って山の田を刈っていた所へ虎が一頭来て、楊豊を食い殺そうとしたので、楊香は走りかかってその虎の首に抱きつき、父の命を助けた。この楊香は年十四の女であるから、荒々しく猛い腕のたしなみはなく、柔和であったことは言うまでもない。それでも虎を素手で退けたのは樊噲にも劣らない武篇であるから、荒々しい腕立てのたしなみは無用であって、孝忠仁義のたしなみこそが肝要であることをわきまえ知るべきである。だから楊香のこのような武勇は、ただ父を深く愛する一念の仁から働いたものであるから、孝行忠節の心さえ真実であれば、誰でも必ず武篇が強いという道理は明らかである。これによって仁義の勇の端的をよく体認すべきである。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓上一少壮の時、人の一言をとがめて口論し、小なる義をはげみ、勇みだてをして、道理なきことに身をわすれ、父母をすてて闘ひ死す、不仁不孝のいたりなり。是学問せずして仁義忠孝の道を知らず、あたら命をすてて、道理にそむくこと、愚なるかな。孟子曰、以て死すべし、以て死することなかるべし、死すれば勇をやぶるといへり。死ぬまじきことに死ぬるは勇を失ふ。古人の曰、生を捨つる事、豈やすからざらんや、死に処ること、誠にひとりかたしとは、これをいふなり。いふ意は、死ぬることはやすし、死して道理にかなふことかたしとなり。死ぬべき道理に当りて死ぬるは、死に処する道を得たるなり。もし死ぬべからずして死ぬるは、愚なる故なり。是犬死なり。
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『文武訓』武訓上一勇士は命を捨つることかたからず。捨てて道にあたることかたし。道にかなはずして死するは犬死なり。たとへば狂愚なる者の、われに無礼なるをとがめて口論して、一朝の怒によりて、人と闘ひて身を捨つ、是其身をかろんず。是不孝なり、武にあらず。死ぬべくして死なざる、是命ををしむ、勇なきなり、義にあらず。戦にのぞみ、君のために節に死なず、是不忠なり。君父のために忠孝を行ひて、一かどの用に立つべきあたら身を、よしなき少しのことをいかりて、狂人愚人のために命を捨つること、おろかなり。をしむべし。
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『翁問答』下卷之本体充曰、孝経、大学、中庸には武篇のおしへも御座候や。師の曰、三経の中に孝行を説忠節を説勇強を説給ふところ正真の武篇の教へなり、されば孝行忠節のためにかせぎはたらく勇を武篇とはなづけたり、孝行忠節にそむきたるはたらきのけなげは、むほん人又は盗と云ふものなり、此ことはりは知やすき事なれども、弁へたる人まれなるにや、むほんをも武篇者なりとほむる風俗あさましくなげかし、
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言志四録・言志耋録 第十二条 忠と勇も孝なり君に事へて忠ならざるは孝に非ず。戦陣に勇無きは孝に非ず。是れ能く忠に能く勇なるを知れば、則ち是れ之を致すなり。乃ち是れ能なり。
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『翁問答』下卷之本曽子曰く、戦陣に勇無きは孝に非ざるなり、この賢範の心は、恩にむくひ義理をたつるが孝徳の感通なり、君のおんは親の恩にひとしき広大なる恩徳なり、忠臣はかならず孝子の門より出るものなれば、孝徳あきらかなるものは必ず戦陣に於て武篇をはげみ武功をたつるものなり、もしつねづね孝行忠節のふりありても、戦陣に於て武篇のはげみなきは、真実の孝行にあらずと、いましめはげます義なり、程子武学制に孝経を添いれめされたり、此心は恩をむくひ義理をたつる事を知らざるものは生れつきけなげにても主君の用にたちがたし、却て味方のわざはひになるものなり、しかるによつて孝経をおしへ、恩にむくい義理をたつる本心をあきらかにさせ、血気の勇を化して仁義の勇となすべきためなり、よくよく体認して孝行の端的を得心あるべし。
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『十善法語』巻第二・不偸盜戒総シテ世ノ怯弱臆病ト云ハ。ミナ道ヲ心得ヌ者ノ類シヤ。若十善戒法ヲ真実ニ護持スル者有ハ。必勇猛剛强ノ徳ヲ長ス。儒書ニモ自ラ反フシテ縮カラスハ。褐寛博ト雖トモ我惴レサランヤ。自ラ反シテ縮クハ。千万人ト雖トモ我ユカント有ル。カウシヤ。直キ処カラ出タ勇カ誠ノ勇シヤ。又仁者ハ必勇アリ。勇者ハ必シモ仁アラストアル。カウシヤ。仁慈ノ余カラ出タ勇テナケレハ皆暴虎馮河ノ勇ト名クルシヤ。
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