翁問答 / 上卷之本
扨又己れの力らに從ひて、充分に心力を盡し、苦身を顧みす、我身と妻子の私用を第二として、一家の內にての食物の滋味を備へ、衣服の輕煖を捧げ、いかにも愉色を盡し、父母の受け悅はるゝ樣に取なし、若又病ある時は良醫の療治を求め、看病の勞を盡しぬるは、能く養ふの大槪なり、若又父母不義あらば、何と無く父母感悟ある樣に諫むべし、若又父母悅ばずして怒りを成さば、別して色を悅ばしめ、孝を起し敬を起して、親の怒に逆ふべからず、如此幾度も諫め或は親の相ひ口の友を賴みて諫むべし、親には道を悟らしむる樣にするが、孝の第一なり、父母既に天年限り在て、永き別れの憂へに當る時は、哀み誠を盡し禮法を以て葬を成し、喪に居て哀戚を盡し宗廟祠堂を立て、鬼神に事へ、四時俗節忌日の祭には、誠敬を盡して合奠の孝を押極むるを、子の孝と云なり、
新字:扨又己れの力らに従ひて、充分に心力を尽し、苦身を顧みす、我身と妻子の私用を第二として、一家の内にての食物の滋味を備へ、衣服の軽煖を捧げ、いかにも愉色を尽し、父母の受け悦はるゝ様に取なし、若又病ある時は良医の療治を求め、看病の労を尽しぬるは、能く養ふの大槪なり、若又父母不義あらば、何と無く父母感悟ある様に諫むべし、若又父母悦ばずして怒りを成さば、別して色を悦ばしめ、孝を起し敬を起して、親の怒に逆ふべからず、如此幾度も諫め或は親の相ひ口の友を頼みて諫むべし、親には道を悟らしむる様にするが、孝の第一なり、父母既に天年限り在て、永き別れの憂へに当る時は、哀み誠を尽し礼法を以て葬を成し、喪に居て哀戚を尽し宗廟祠堂を立て、鬼神に事へ、四時俗節忌日の祭には、誠敬を尽して合奠の孝を押極むるを、子の孝と云なり、
書き下し
扨又己れの力らに従ひて、充分に心力を尽し、苦身を顧みす、我身と妻子の私用を第二として、一家の内にての食物の滋味を備へ、衣服の軽煖を捧げ、いかにも愉色を尽し、父母の受け悦はるゝ様に取なし、若又病ある時は良医の療治を求め、看病の労を尽しぬるは、能く養ふの大槪なり、若又父母不義あらば、何と無く父母感悟ある様に諫むべし、若又父母悦ばずして怒りを成さば、別して色を悦ばしめ、孝を起し敬を起して、親の怒に逆ふべからず、如此幾度も諫め或は親の相ひ口の友を頼みて諫むべし、親には道を悟らしむる様にするが、孝の第一なり、父母既に天年限り在て、永き別れの憂へに当る時は、哀み誠を尽し礼法を以て葬を成し、喪に居て哀戚を尽し宗廟祠堂を立て、鬼神に事へ、四時俗節忌日の祭には、誠敬を尽して合奠の孝を押極むるを、子の孝と云なり、
現代語訳
さてまた、自分の力に従って十分に心と力を尽くし、自分の苦労を顧みず、我が身と妻子の私用を二の次として、一家の中で食物の滋味を備え、軽く暖かい衣服を捧げ、いかにも和やかな顔色を尽くして、父母が受け入れ喜ばれるように取り計らい、もしまた病気の時は良い医者の治療を求め、看病の苦労を尽くすのが、よく養うことのあらましである。もしまた父母に不義があれば、何となく父母が自ら悟るように諫めるべきである。もしまた父母が喜ばずに怒れば、ことさら顔色を和らげ、孝を起こし敬を起こして、親の怒りに逆らってはならない。このように幾度も諫め、あるいは親の親しい友を頼んで諫めるべきである。親に道を悟らせるようにするのが孝の第一である。父母がすでに天寿の限りに達して永い別れの憂いに当たる時は、哀しみと誠を尽くし、礼法に従って葬儀をなし、喪に服して哀しみを尽くし、宗廟や祠堂を建てて霊に仕え、四季の節句や忌日の祭りには誠と敬いを尽くして、合わせ祀る孝を押し究めるのを、子の孝というのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『初学訓』巻之二一もし、父母の身に過あらば、子たる者、わが顔を悦ばしめ、声を和らげ、言をゆるやかにして、やうやく諫むべし。父母いさめを用ひずして、かへつて怒らば、諫をまづ止むべし。父母の心にそむくべからず。時過ぎて、父母のけしきよき時、又いさむべし。はげしく諫めて、父母の心にさからふべからず。
-
史記 袁盎鼂錯列伝淮南厲王朝し、辟陽侯を殺し、居処驕ること甚だし。袁盎諫めて曰く、「諸侯大いに驕れば必ず患を生ず、適(まさ)に地を削るべし」と。上用ひず。淮南王益ます横なり。棘蒲侯柴武の太子の謀反の事覚(あらは)れ、治むるに及び、淮南王に連なる。淮南王徴され、上因りて之を蜀に遷し、轞車にて伝送す。袁盎時に中郎将たり、乃ち諫めて曰く、「陛下素より淮南王を驕らせ、稍(や)や禁ぜず、以て此に至る。今又暴かに之を摧折す。淮南王は人と為り剛なり、如し霧露に遇ひて道に行きて死すること有らば、陛下竟に天下の大を以て容るる能はずと為し、弟を殺すの名有らん、奈何」と。上聴かず、遂に之を行ふ。淮南王雍に至り、病みて死す。聞こゆるや、上食を輟め、哭すること甚だ哀し。盎入り、頓首して罪を請ふ。上曰く、「公の言を用ひざるを以て此に至る」と。盎曰く、「上自ら寛うせよ。此れ往事なり、豈に悔ゆべけんや。且つ陛下に高世の行ひなる者三有り、此れ以て名を毀るに足らず」と。上曰く、「吾が高世の行ひ三なる者は何事ぞ」と。盎曰く、「陛下代に居りし時、太后嘗て病むこと三年、陛下睫を交へず、衣を解かず、湯薬は陛下の口の嘗むる所に非ざれば進めず。夫れ曾参は布衣を以て猶ほ之を難しとす。今陛下親ら王者を以て之を修む、曾参の孝に過ぐること遠し。夫れ諸呂事を用ひ、大臣専制す。然れども陛下代より六伝に乗りて不測の淵に馳す、賁育の勇と雖も陛下に及ばず。陛下代邸に至り、西に向かひて天子の位を譲ること再び、南面して天子の位を譲ること三たび。夫れ許由は一たび譲るのみ、而るに陛下は五たび天下を以て譲る、許由に過ぐること四なり。且つ陛下の淮南王を遷すは、以て其の志を苦しめ、過ちを改めしめんと欲するなり。有司の衛ること謹まず、故に病死す」と。是に於て上乃ち解け、曰く、「将に奈何せん」と。盎曰く、「淮南王に三子有り、唯だ陛下に在るのみ」と。是に於て文帝其の三子を立てて皆王と為す。盎此に由りて名朝廷に重し。袁盎常に大体を引きて慨(がい)す。
-
礼記・曲礼下天子は出(しゅつ)と言わず、諸侯は生きながら名いわず。君子は悪を親しまず。諸侯地を失えば名いい、同姓を滅ぼせば名いう。 人臣たるの礼は、顕(あら)わには諫めず。三たび諫めて聴かれざれば、則ちこれを逃(さ)る。子の親に事(つか)うるや、三たび諫めて聴かれざれば、則ち号泣してこれに随う。 君疾(やまい)有りて薬を飲むときは、臣先ずこれを嘗(な)む。親疾有りて薬を飲むときは、子先ずこれを嘗む。医三世ならざれば、其の薬を服せず。人に儗(なぞら)うるには必ず其の倫(たぐい)に於いてす。
-
論語・為政篇子游孝を問う。子曰く、「今の孝者は、是れ能く養うと謂う。犬馬に至るまで、皆能く養うこと有り。敬せずんば、何を以て別たんや。」
-
『関聖帝君覚世真経』第二段・天地を敬し、神明を礼す天地を敬し、神明を礼し、祖先を奉じ、双親に孝に、王法を守り、師尊を重んじ、兄弟を愛し、朋友に信あり、宗族に睦まじく、郷隣に和し、夫婦を敬し、子孫を教ふ。
-
言志四録・言志耋録 第二百八十六条 敬は終身の孝人道は敬に在り。敬は固より終身の孝為り。我が躯を以て親の遺と為せばなり。一息尚ほ存せば、自ら敬するを忘る可けんや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る