導師導古典を学びたいすべての人に

洗心洞箚記 / 卷上・第百三十一條

父有爭子、則身不陷於不義、故當不義、則子不可以不爭於父、故爲人父者、不可不願有此子也、有此子、則躬爲君子、無此子、則自非上智、大凡陷於夷狄禽獸必矣、思之悚然、

新字:父有争子、則身不陥於不義、故当不義、則子不可以不争於父、故為人父者、不可不願有此子也、有此子、則躬為君子、無此子、則自非上智、大凡陥於夷狄禽獣必矣、思之悚然、

書き下し

父に争子有れば、則ち身不義に陥らず。故に不義に当りては、則ち子以て父に争はざるべからず。故に人の父たる者は、此の子有るを願はざるべからざるなり。此の子有れば、則ち躬君子と為り、此の子無ければ、則ち上智に非ざる自りは、大凡夷狄禽獣に陥ること必せり。之を思へば悚然たり。

現代語訳

父に諫め争う子があれば、その身は不義に陥らない。だから父が不義をなそうとするときは、子は父と争って諫めなければならない。だから人の父たる者は、このような子を持つことを願わなければならない。このような子がいれば、自分は君子となり、このような子がいなければ、よほどの上智の人でない限り、おおよそ夷狄や禽獣に陥ることは必定である。これを思うとぞっとする。

解説

『孝経』諫争章の「父に争子有れば、則ち身不義に陥らず」を引き、不義の前では子は父と争わねばならず、父はそういう子を持つことを願わねばならないと説く。諫める子がいなければ、上智の人でない限り誰でも禽獣に陥る、思うだにぞっとする、と結ぶのは、自分自身への戒めとして読める。孝は従順と同じではないという儒学の大切な一面である。経営者や上司にとっても、耳の痛いことを言ってくれる部下は宝である。そういう部下がいないことを恐れるべきだ。

この章句が説くこと

諫言孝不義孝経上司直言

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る