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翁問答 / 上卷之本

富貴を求むるに便りとなれる人を敬ひ、大切に思ふは、我身を限る恩あるに依てなり、妻妾を寵愛するは、我身の欲を遂て樂しむ故なり子を愛するは我身を分けたる故なり、此身なければ富貴の外飾をかざる可き下地なし、又妻妾を樂しむ可き者なし、又子に分け與ふ可き身なし、富貴妻妾も子も、此身ありてこそ用に立つ物なれ、此身を生だる人は父母なり、父母此身を生たる故に、富貴の外飾を設け、妻妾の樂しみをもなし、子を育てゝ老後の助け共するなり然れば富貴を授る人の恩も、根本父母の恩なり、妻妾の樂しみを成すも、根本父母の恩なり、子の養ひを受くるも、根本父母の恩なり、何事も皆父母の恩ならざるは無し、

新字:富貴を求むるに便りとなれる人を敬ひ、大切に思ふは、我身を限る恩あるに依てなり、妻妾を寵愛するは、我身の欲を遂て楽しむ故なり子を愛するは我身を分けたる故なり、此身なければ富貴の外飾をかざる可き下地なし、又妻妾を楽しむ可き者なし、又子に分け与ふ可き身なし、富貴妻妾も子も、此身ありてこそ用に立つ物なれ、此身を生だる人は父母なり、父母此身を生たる故に、富貴の外飾を設け、妻妾の楽しみをもなし、子を育てゝ老後の助け共するなり然れば富貴を授る人の恩も、根本父母の恩なり、妻妾の楽しみを成すも、根本父母の恩なり、子の養ひを受くるも、根本父母の恩なり、何事も皆父母の恩ならざるは無し、

書き下し

富貴を求むるに便りとなれる人を敬ひ、大切に思ふは、我身を限る恩あるに依てなり、妻妾を寵愛するは、我身の欲を遂て楽しむ故なり子を愛するは我身を分けたる故なり、此身なければ富貴の外飾をかざる可き下地なし、又妻妾を楽しむ可き者なし、又子に分け与ふ可き身なし、富貴妻妾も子も、此身ありてこそ用に立つ物なれ、此身を生だる人は父母なり、父母此身を生たる故に、富貴の外飾を設け、妻妾の楽しみをもなし、子を育てゝ老後の助け共するなり然れば富貴を授る人の恩も、根本父母の恩なり、妻妾の楽しみを成すも、根本父母の恩なり、子の養ひを受くるも、根本父母の恩なり、何事も皆父母の恩ならざるは無し、

現代語訳

富貴を求める頼りとなる人を敬い大切に思うのは、我が身にとって限りある恩があるからである。妻妾を寵愛するのは、我が身の欲を遂げて楽しむからである。子を愛するのは我が身を分けたからである。この身がなければ富貴の外飾を飾る下地がなく、妻妾を楽しむ者もなく、子に分け与える身もない。富貴も妻妾も子も、この身があってこそ役に立つものである。この身を生んだ人は父母である。父母がこの身を生んだからこそ、富貴の外飾を設け、妻妾の楽しみもなし、子を育てて老後の助けともするのである。そうであれば、富貴を授ける人の恩も根本は父母の恩であり、妻妾の楽しみをなすのも根本は父母の恩であり、子の養いを受けるのも根本は父母の恩である。何事もみな父母の恩でないものはない。

解説

人が富貴をくれる人、妻妾、子を大切にするのは、どれも自分の身に関わるからだと藤樹は分析する。そしてその自分の身を生んだのは父母であるから、あらゆる恩はさかのぼれば父母の恩に行き着くと論じる。損得や愛着の根を突き詰めていく論理の運びは、感情に訴えるだけでない藤樹の説得の仕方をよく示している。今の自分を成り立たせている前提に目を向けると、当たり前と思っていたものが恩として見えてくる。成果を自分の力だけと思わず、それを可能にした土台に思いを致すことは、謙虚さと感謝の源になる。

この章句が説くこと

孝恩父母身富貴感謝

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