翁問答 / 上卷之本
躰充曰孝行に五等の差別あるは如何なる故にて候や。師の曰五等は人間五段の位なり、天子一等、諸侯一等、卿太夫一等、士一等、庶人一等、總て五等なり、天子は天下を知ろしめす御門の御位なり、諸侯は國を治る大名の位なり、卿太夫は天子諸侯の下知を受けて國天下の政をする位なり、士は卿太夫に付添て、政の諸役を勤むる位なり、物造りを農と云職人を工と云、あき人を商と云、此農工商の三つはおしなへて庶人の位なり、孝德は同一體なれ共位に由て事の大小高下ある故に、其位の分際相應の道理を、後世昧者の爲めに分辨を說き明め給こと、譬へば孝德は大海の如し、五等の位は器の如し、器を海へ入て水を汲むに、大小方圓の模樣はかはれ共、水は同じ水なる如し、昔し聖人の御代には、人間の位五等の外は無き故に、五等の孝を發明し給ふ。
新字:体充曰孝行に五等の差別あるは如何なる故にて候や。師の曰五等は人間五段の位なり、天子一等、諸侯一等、卿太夫一等、士一等、庶人一等、総て五等なり、天子は天下を知ろしめす御門の御位なり、諸侯は国を治る大名の位なり、卿太夫は天子諸侯の下知を受けて国天下の政をする位なり、士は卿太夫に付添て、政の諸役を勤むる位なり、物造りを農と云職人を工と云、あき人を商と云、此農工商の三つはおしなへて庶人の位なり、孝徳は同一体なれ共位に由て事の大小高下ある故に、其位の分際相応の道理を、後世昧者の為めに分弁を説き明め給こと、譬へば孝徳は大海の如し、五等の位は器の如し、器を海へ入て水を汲むに、大小方円の模様はかはれ共、水は同じ水なる如し、昔し聖人の御代には、人間の位五等の外は無き故に、五等の孝を発明し給ふ。
書き下し
体充曰孝行に五等の差別あるは如何なる故にて候や。師の曰五等は人間五段の位なり、天子一等、諸侯一等、卿太夫一等、士一等、庶人一等、総て五等なり、天子は天下を知ろしめす御門の御位なり、諸侯は国を治る大名の位なり、卿太夫は天子諸侯の下知を受けて国天下の政をする位なり、士は卿太夫に付添て、政の諸役を勤むる位なり、物造りを農と云職人を工と云、あき人を商と云、此農工商の三つはおしなへて庶人の位なり、孝徳は同一体なれ共位に由て事の大小高下ある故に、其位の分際相応の道理を、後世昧者の為めに分弁を説き明め給こと、譬へば孝徳は大海の如し、五等の位は器の如し、器を海へ入て水を汲むに、大小方円の模様はかはれ共、水は同じ水なる如し、昔し聖人の御代には、人間の位五等の外は無き故に、五等の孝を発明し給ふ。
現代語訳
体充が言った。孝行に五等の区別があるのは、どういうわけでしょうか。師は答えた。五等とは人間の五段の位である。天子一等、諸侯一等、卿大夫一等、士一等、庶人一等、すべて五等である。天子は天下を治める帝の位である。諸侯は国を治める大名の位である。卿大夫は天子・諸侯の命を受けて国や天下の政治を行う位である。士は卿大夫に付き添って政治の諸役を勤める位である。物を作る者を農といい、職人を工といい、商人を商という。この農工商の三つはおしなべて庶人の位である。孝徳は同じ一体であるけれども、位によって事に大小高下があるので、その位の分際に応じた道理を、後世の愚かな者のために区別して説き明かされたのである。たとえば孝徳は大海のようなもので、五等の位は器のようなものである。器を海に入れて水を汲めば、大小や方円の形は変わるけれども、水は同じ水であるようなものである。昔の聖人の御代には、人間の位は五等のほかになかったので、五等の孝を明らかにされたのである。
解説
この章句が説くこと
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『囲炉夜話』第六十九則・能く其の難きを為す古の克く孝なる者は多し、獨り虞舜を稱して大孝と為すは、蓋し能く其の難きを為せばなり。 古の才有る者は眾し、獨り周公を稱して美才と為すは、蓋し能く德に本づけばなり。
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『君子訓』巻之下是始て国を得給ふ先公の心にて、君子業を創め統を垂れて継ぐべきを為すの意なり。其子孫たる人は、其先祖の大なる勲労を以て国を得給ふことの難きをおもひ、其先祖を尊び、其志を継ぎ、其法を守りて永く国土を保ち、人民を治め給はば、是其先祖の志にかなひて、諸侯の孝行是より大なるはなし。もし先祖の国を得給ふことの難き事を思はず、我が身何の辛労もなく、居ながら国を領して、其富貴安楽を受け、恣に驕り、酒宴遊楽を事とし、剰へ我が才智に誇り、先祖を侮り、其定め置き給ひし家法を破り、又国民を苦め、政法を猥にして、終に其臣民に背かれ、国土を失ふに至るは、諸侯の不孝是より大なるはなし。此思ふと思はざるとの二は、国家の治乱存亡の機なり。諸侯の子孫たる人、此二の機を察して、常に慎みて徳を修め孝を行ひ給はば、其後栄永く伝はりて、令名限りなかるべし。
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『呻吟語』内篇・修身・孝廉の務めて辨ずる所大行の美は、孝を以て第一と為す。細行の美は、廉を以て第一と為す。此の二つの者は、君子の務めて敦くする所なり。然れども辨ぜざるの申生は告げざるの舜に如かず、井上の李は饋を受くるの鵝に如かず。此の二つの者は、孝廉の務めて辨ずる所なり。
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『春秋左氏伝』文公二年 卿を書せず、秦を尊ぶ冬、晉の先且居・宋の公子成・陳の轅選・鄭の公子歸生、秦を伐ち、汪及び彭衙を取りて還る。以って彭衙の役に報ずるなり。卿書せざるは、穆公の為の故なり。秦を尊ぶなり。之を崇德と謂ふ。襄仲齊に如きて幣を納る、禮なり。凡そ君位に即けば、舅甥を好くし、昏姻を脩め、元妃を娶りて以って粢盛(しせい)を奉ず、孝なり。孝は、禮の始めなり。
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