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翁問答 / 上卷之本

躰充曰今迄は親を能く養ふこと而已を、孝行なりと思へば、普く世俗さやうに心得へたると見へたり、今先生の敎を聞けば、孝と云へる者は外もなき內もなき無上の妙理なり、守り行ふ可き術を悉く承り度候。師の曰元來孝は太虛を以て全體として、萬劫を經ても終りなく又始めなし、孝の無き時なく孝の無き物なし、全孝圖說には太虛を孝の體領となして、天地萬物を其中の萠芽としたり、如此廣大無邊なる至德なれば、萬事萬物の内に孝の道理備はらざるなし、就中人は天地の德萬物の靈なる故に、人の心と身に孝の全體皆備はりたる故に、よく身を立道を行ふを以て、工夫の要領とす、

新字:体充曰今迄は親を能く養ふこと而已を、孝行なりと思へば、普く世俗さやうに心得へたると見へたり、今先生の教を聞けば、孝と云へる者は外もなき内もなき無上の妙理なり、守り行ふ可き術を悉く承り度候。師の曰元来孝は太虚を以て全体として、万劫を経ても終りなく又始めなし、孝の無き時なく孝の無き物なし、全孝図説には太虚を孝の体領となして、天地万物を其中の萠芽としたり、如此広大無辺なる至徳なれば、万事万物の内に孝の道理備はらざるなし、就中人は天地の徳万物の霊なる故に、人の心と身に孝の全体皆備はりたる故に、よく身を立道を行ふを以て、工夫の要領とす、

書き下し

体充曰今迄は親を能く養ふこと而已を、孝行なりと思へば、普く世俗さやうに心得へたると見へたり、今先生の教を聞けば、孝と云へる者は外もなき内もなき無上の妙理なり、守り行ふ可き術を悉く承り度候。師の曰元来孝は太虚を以て全体として、万劫を経ても終りなく又始めなし、孝の無き時なく孝の無き物なし、全孝図説には太虚を孝の体領となして、天地万物を其中の萠芽としたり、如此広大無辺なる至徳なれば、万事万物の内に孝の道理備はらざるなし、就中人は天地の徳万物の霊なる故に、人の心と身に孝の全体皆備はりたる故に、よく身を立道を行ふを以て、工夫の要領とす、

現代語訳

体充が言った。今までは親をよく養うことだけを孝行だと思っていましたし、世間も広くそのように心得ているようです。今、先生の教えを聞くと、孝というものは外もなく内もない無上の妙理です。守り行うべき方法をすべてお聞きしたいと存じます。師は答えた。もともと孝は太虚を全体として、万劫を経ても終わりがなく、また始めもない。孝のない時はなく、孝のない物もない。『全孝図説』には太虚を孝の本体とし、天地万物をその中の萌芽としている。このように広大無辺な至徳であるから、万事万物の内に孝の道理が備わらないものはない。とりわけ人は天地の徳、万物の霊であるから、人の心と身に孝の全体がみな備わっている。それゆえ身を立て道を行うことを工夫の要領とするのである。

解説

藤樹は孝を、親を養うことから宇宙の根源である太虚にまで押し広げる。『全孝図説』は明の虞淳熙の著とされ、孝を万物の根本に据える立場を藤樹は受け継いでいる。太虚は宇宙の根源的な気の広がりを指す語で、孝はその全体と一つだとされる。人は万物の霊として孝の全体を心身に備えているから、身を立て道を行うことが修養の要になるという流れである。抽象的に見えるが、結論は「自分の身をどう立て、どう振る舞うか」に戻ってくる。大きな理念を最後は日々の行いに落とし込む構えは、理念と実務をつなぐ考え方として参考になる。

この章句が説くこと

孝太虚全孝修養身工夫

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